ばしゃばしゃと泥水を跳ね上げながら家の中へと駆け込んだ。
不意の土砂降りに見舞われて、二人揃って濡れ鼠。
髪から服から落ちる滴が足元に水溜まりを作ってる。
散々走って体温は上がっているはずなのに、寒気に襲われ身を震わせた。
―梔子―
窓を叩く雨の音がばたばたと激しさを増している。
扉の隙から覗こうとしたら玄冬に軽く腕を引かれた。
物言いたげな表情に、苦笑しながら向き直る。
「早く着替えた方が良いな」
「そうだね。風邪引きそう」
悪寒にふるりと身を震わせて、水の滴る髪を摘んだ。
衣服はたっぷり水を含んで、絞れそうなくらいに重い。
一歩足を踏み出す度に靴の中から水が溢れた。
「少し早いが、風呂も入るか」
唐突に、とは言っても話の流れからすれば何ら不自然な点はないのだけれど。
それでも玄冬の口から零れた言葉は思考回路を上滑る。
え? と発した小さな声は気付かれることはなかったようで。
手間も省けて丁度良い。
さっさと済ませることにしよう。
言うが早いか手を取られ、浴室の方へと引っ張られた。
咄嗟に足を踏ん張ったけど、ずるりずるりと引き摺られて。
「ちょっ……待って、玄冬……!」
慌てて発した待ったの声に、不思議そうな顔が振り返る。
一応足は止まったけれど、掴まれた腕はそのままだ。
ああどうしよう逃げられない……!
「花白?」
訝しむように名を呼ばれ、必死に言い訳を考えた。
どうしたんだと問う声を聞き、急かされたみたいに焦りが募る。
引き攣る笑顔と上擦った声で慌てて言葉を吐き出した。
「玄冬が先に入ってよ、僕は後で入るから!」
「何を言ってる。風邪を引きたいのか?」
ずぶ濡れで、冷え切って。
このままじゃ本当に身体を壊す。
案じる声音で告げられて、僅かにたじろぎ下を向く。
風邪を引きたい訳じゃないけど、でも、このままじゃ……。
どうしようどうしようと渦巻く思考、腕を引かれて息を呑む。
「っ、……玄冬っ! やだってば……!」
「駄々を捏ねるな。そら、早く脱げ!」
ひとつふたつと釦を外され、ざっと血の気が退いてゆく。
じたじたと抵抗したけれど、力の差は歴然で。
「や、だ……放して……っ!」
不意に、玄冬の手が止まる。
釦の外された胸元は、大きく開き肌蹴ていて。
それが何を意味しているのか、気付いて顔が赤くなる。
慌てて襟を掻き合わせたけれど、きっと見られてしまったんだろう。
信じられないとでも言いたげな顔で、呆然と僕の名前を紡ぐ。
「……はな、しろ……」
呼ばれて、びくりと身体が跳ねた。
何も言えずに俯いて、顔を上げることが出来ない。
躊躇いがちに伸ばされた手が、とん、と軽く肩を押す。
よろけるように踏み込んだのは、浴室の扉の向こう側。
振り向いた先で扉は閉ざされ、その板越しに声がした。
「……ちゃんと、温まるんだぞ」
隠し切れない動揺の滲む、けれど優しい優しい声。
咄嗟に扉に手を掛けたけど、開けることは、出来なかった。
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