ご飯にしよう、とあの人を呼ぶ。
薄暗い部屋の奥の方、あの人はゆるりと顔を上げた。
長椅子にくたりと体を預けて、その姿はまるで猫のよう。
ぼくを見上げる赤い目が、にっこりと笑みの形に歪む。
ああ、なんて綺麗なんだろう。










―暗黙情事―










彼の中心に手を添えて、その先端に口づける。
途端にびくりと身を竦ませて、押し殺したような悲鳴を上げた。
根本をハンカチで縛ってあるから達したくても叶わない。

散々追い上げ追い詰めながらも焦らすように手を止めて。
物欲しそうに震える腰と、哀願するよな表情と。
焦点の危うい紅い眸が、ぼくを捉えて瞬いた。

つ、と流れる涙を舐め取り、どうしたの? と耳元で問う。
赤く色付いた耳朶を食み、ぴくんと跳ねる肌に触れて。
頬を、首を、鎖骨を辿り、胸の突起は掠めるだけ。





全部この人が教えてくれた。
こうして肌を震わすことも、甘い吐息で喘ぐことも。
手取り足取り教えてくれた。
この人が、ぼくを抱いて。





「どうしてほしい?」

いつか言われた通りの台詞を柔らかな笑みと共に告げる。
ねえ答えて? と小首を傾げ、手指で肌を撫ぜながら。
触れる度、なぞる度に、跳ねる吐息がいとおしい。





いかないで。ここにいて。
なんでもするから、だからおねがい。
ぼくを一人にしないで。

泣いて縋った幼い日、困ったようにこの人は言った。

「それじゃあ玄冬を俺にくれる?」

ぼくは何も知らなかったから。
知ろうとも、していなかったから。
躊躇いもせずに頷いて、その夜、彼はぼくを抱いた。





「……おねがい……」

伸ばされる腕、頬に触れる手。
震える吐息で、潤んだ眸で、甘い声音で彼は言った。

「玄冬を、ちょうだい?」

にっこりと笑って、頷いて。
声も呼吸も飲み込むように深く深く口付ける。

あげるよ、ぜんぶ。あなたにあげる。
だから、ずっとここにいてね。










ぼくをぜんぶあげるから、あなたをぜんぶ、ぼくにちょうだい?











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