どんよりと曇った灰色の空、廃墟にも似た寂れた街並み。
吹き抜ける風は砂埃を纏い、煤けた景色を霞ませる。
夜闇に沈む家々の隙に、ぽつんと佇む人影ひとつ。
明滅を繰り返す街灯に照らされる真白い肌と鴇色の髪。
艶やかな笑みを刻む口から、ほう、と物憂げな溜息が零れた。
─明滅─
埃っぽい風に晒されて、ふるりと肩を震わせる。
一雨来そうな空を睨む目は鳩の血のよな濃い緋色。
瞬く度に揺れる睫毛は頬に影を落とすほどに長い。
この界隈で知らぬ者はいないと、そう噂されるほどの整った容姿。
それを糧に金を得ていた。その身一つで、食ってきた。
「今夜は誰も来そうにないなぁ」
つまらなそうに鼻を鳴らして、冷えた肩を手で摩る。
塒へ帰ろうとした瞬間、カツンと響いた誰かの足音。
踏み出しかけた足を止め、にっこりと笑みを繕った。
「やあ、いらっしゃい。お客サマ?」
「……客じゃない」
「あれ。違うの?」
コツコツと近付く靴の音。
くすんだ街灯に照らされ、足元から姿が露わになる。
黒の革靴、裾の長いコート。
中に着ている真新しい制服を見るや、笑みを引っ込め顔を顰めた。
「政府の犬が何の用」
吐き捨てるようにそう言うと、相手は眉間に皺を寄せる。
とっととこの場から離れよう。
関わって良いことなんてない。下手をすれば、殺される。
そう思いながら浮かべた笑みは口元だけの皮肉めいたもの。
「用がないなら行っていい? 商売にならないよ」
ひら、と手のひらを振りながら、傍らを擦り抜けようとした時だった。
待てと響いた低い声。腕を取られ、足が止まる。
相手を睨み付けながら、何だよと小さく言葉を吐いた。
「身売りを、しているのか」
「だったら何さ? 文句あんの?」
肩からずり落ちるショールを引き上げ、フンと鼻を鳴らしてみせる。
吐き捨てた途端、相手の顔に僅かな感情が滲んで消えた。
苦しそうだと思ったそれは、哀れみを含んだ嫌な色。
大嫌いな、色だった。
「何、その顔」
「……、……何故だ」
「何がだよ」
「何故、客引きなんてこと」
紡がれた言葉を耳が拾い、ふつふつと腸が煮える気がした。
握った拳に力を込めて、遣り過ごそうとしたけれど。
「……食っていけないから」
吐き出した言葉に息を呑み、蒼い両目がゆらりと泳ぐ。
なに、と零れた相手の声が、ささくれた神経を逆撫でるようで。
「こうでもしないと食っていけないんだよ。売れる物なんて他に何もないんだから」
それとも何、アンタが俺を養ってくれんの?
腐った街から連れ出して、何もかも全部世話してくれんの?
出来ないでしょう、そんなこと。
「そういうの、余計なお世話って言うんだよ」
取られた腕を振り払い、きつくきつく相手を睨む。
たじろぐように目が泳ぎ、けれどすぐさま睨み返された。
「もし俺がおまえを養うと言ったら、」
「……なに、」
「おまえは、客引きを止めるんだな?」
確認というよりは断定に近い問い。
あまりにも真っ直ぐな視線に晒され、咄嗟に言葉が出てこなかった。
薄く開いた口を引き結び、それを緩く吊り上げる。
皮肉めいた笑みに目を細め、ハン、と小さく鼻で笑った。
「政府の犬に飼われるくらいなら、死んだほうがマシだよ」
吐き捨て、くるりと踵を返す。
追って来る足音を背中で聞きつつ右へ左へ角を曲がって。
見当違いな方向へと遠ざかる気配に息を吐く。
荒い呼吸を繰り返しながら石造りの壁に背を預けた。
ばくばくと跳ねる心臓と、火照った頬を持て余す。
お節介で、鬱陶しくて。あんな奴、初めてだ。
「……何なんだよ、あいつ……」
寒さすら覚える空の下、顎伝う汗をぐいと拭った。
最後の最後に投げられた言葉が鼓膜に焼きつき離れない。
口では言っても出来るはずがない。それは疑いようもないのに。
淡い期待を抱きそうで、慌てて首を横に振った。
右の拳に力を込め、力任せに壁を殴る。
走った痛みと滲んだ赤と、腹を蠢く感情と。
言葉に出来ない想いを抱えて、闇の中へと姿を消した。
→明暗(隊救)
リクエスト内容(意訳)
「警官銀朱×売りをするために道端に立っていた救」
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