兄弟たちを送り出し、ほう、と深く息を吐く。
一度自室へ取って返して、転がしておいた荷物を拾った。
玄関の鍵だけ手早く閉め、向かった先は隣の家。
呼び鈴を鳴らして待つこと暫し、鍵を外す音を聞く。
にっこり笑顔で待ち構えていた俺に対して、相手は丸く目を見開いた。
―牡丹、松の葉、散りゆく菊花―
蚊遣の豚に渦巻き線香、マッチを擦って火を点す。
ゆらゆらと立ち上る細い煙が鼻の奥にツンと刺さった。
縁側に座り投げ出した足をゆらりゆらりと交互に揺らす。
足指に引っ掛けただけのサンダルは今にも落ちてしまいそうだった。
きし、と廊下の床が鳴く。
首を捻って振り向くと、銀朱が後ろに立っていた。
手に持つ丸いお盆の上には麦茶と氷のコップが二つ。
その片方を手に取ると、俺の目の前に差し出した。
「おまえは行かなかったのか」
俺の隣に腰を下ろして問うともなしに言葉を紡ぐ。
麦茶のコップを受け取って、がぶりと一口飲み込んだ。
喉から胃へと冷たさが流れ、一瞬暑さが遠ざかる。
「人の多いとこ、好きじゃないから」
それに、と言って荷物を示す。
薄っぺらい鞄をひっくり返して中身を全部ぶちまけた。
財布とケータイが転げた上に、ぱさ、と軽い音が落ちる。
「……花火、か?」
ひとつふたつと拾い上げるのは、ばら売りしていた花火の数々。
加えて家庭用花火セットまで買い込んで、それはそれは膨大な量だった。
「そ。一人でやるの寂しいから」
一緒に、やろ?
こっくりと首を傾げてみせると相手は呆れて溜息を吐いた。
こんなに沢山買い込んで……と苦く漏らす声が届く。
小さく「待ってろ」と言い置いて、一旦その場を離れる背中。
再び戻ったその手の中に、蝋燭とマッチが握られていて。
甘やかされていることを自覚しながら満面の笑みで出迎えた。
風のない場所に蝋燭を立て、マッチを擦って火を点ける。
ゆらゆらと揺れるあたたかな光に花火の先を近付けた。
と、ほんの小さな音がして、視界を埋める鮮やかな光。
時に赤く、時に青く、目まぐるしいまでにその色を変えて。
やがて光は失われ、一気に夜が戻ってくる。
辺りを照らすのは蝋燭の灯と、空に輝く星屑だけ。
水を満たしたバケツの中に花火の燃え殻をポイと投げる。
ジュッ、と小さな悲鳴を上げて、花火の一生は幕を閉じた。
くゆる線香の香に混じり、火薬の匂いが鼻を突く。
鼠花火に煙玉、夜目には見えない蛇花火。
名前を知らない幾つもの花火を次から次へと暗闇に咲かせた。
ひらひらとした紙の先、ぽっ、と蝋燭の火が移る。
ゆらりゆらりと火が揺れて、光が勢い良く迸った。
「それで最後だな」
「え、もう?」
「ああ。あとは……これだけだ」
寂しくなった袋の中から取り出されたのは線香花火。
束ねたテープを切る手に落ちる色とりどりの光と影。
花火が光を変える度、影もその色を変えていく。
ぼんやりとそれを眺めていたら、どうかしたか? と問う声が。
びくりと跳ねる心臓と同時に、鮮やかな光が消え失せる。
夜闇に目が慣れないうちに、なんでもない、と誤魔化した。
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