手渡されたその花火は、なんとも頼りない感触だった。
細くて、柔くて、儚げで、他の花火とは大違い。
だけど俺は、この花火が好きだった。

躑躅の花の色をした薄紙の端をちょいと摘む。
蝋燭の火にそっと翳すと紙縒に似た先端に朱が灯った。

赤々と燃えるその部位は、見る間に丸く膨らんで。
ふるふると小刻みに震える火球から、ほんの小さな流れ星。
ひとつふたつと数える間もなく次から次へと流れて消える。





「ちっちゃい頃にさぁ」

視線は花火に向けたまま、言の葉だけを紡ぎ出す。
ぱしぱしと咲いた火の粉の花が目の中で何度も咲いては散った。

「最後まで残った方が勝ち! って、やったよね」
「願いが叶う、とも言ったな」

遠いあの日に思いを馳せたか、どこか柔らかな表情で。
懐かしいなと呟く声も、普段からは想像もつかないくらいに優しい。





そんな相手の真似をして、彼方の記憶を手繰り寄せる。
脳裏に浮かんだ思い出に、ふふ、と小さく笑みを零した。
訝しむ顔の相手には僅かに震える声音で紡ぐ。

「銀朱さ、いっつも一番に落としてたでしょ?」

落とした火の玉を悲しい目で見て、それから口をへの字に曲げる。
悔しくて泣きそうになっているのを誤魔化すような膨れ面。

可愛かったなあ、と小さく言えば、むっとした表情を浮かべてみせる。
髪から覗いた耳が赤い、気まずげに目が泳いでる。
余計なことを思い出すなと内心思っているんだろう。
くすくすと肩を震わせて、大人しくなった火花を見た。





火の粉の花は姿を消して、残されたのは丸い火の玉。
ふるふると小刻みに震えながら、ますます丸く大きくなって。
やがてぽつりと火の玉は落ち、小さな花火の命が終わる。
相手も同じように火を失い、燃え殻を手に俺を見た。

「競争しようか」

花火の抜け殻をバケツに投げ入れ、新たな花火を相手に差し出す。
軽く瞠られた蒼の目が俺と花火を行ったり来たり。
やがて相手の指先に、躑躅色の薄紙が咲いた。

二人同時に火を点けて、火花の爆ぜる音を聴く。
揺らさないように、落とさないように。
なんともなしに息を詰め、火球の行く末を見守った。





不意に鼓膜を震わせる音。
高く掠れた口笛が、長く尾を引き空へと昇る。
はっと転じた視界の先で、大輪の花が夜闇に開いた。

「……始まったね」
「そうだな」

言って視線を手元に戻し、あ、と小さな声を上げる。
さっきまであった火の玉が、いつの間にか落ちてしまっていた。
どちらが先かは解らずに勝敗の行方は曖昧なまま。

顔を見合わせ、微かに笑う。
バケツに花火を放り込み、濡れ縁に座って夜空を見上げた。

次々と開く大輪の花、僅かに遅れて響く音。
月の不在が幸いしたのか、花は艶やかに夜空に開いた。
ぱらぱらと火花が散りゆく様を、すいと尾を引き流れる様を、黙したままでただ眺める。
足指の先にサンダルを引っ掛け、ぷらぷらと軽く揺らしながら。





どれくらいの間、花咲く空を仰いでいただろう。
喉の奥で生まれた違和感に、ああいけない、と口を閉じる。
けれど小さく咳き込んで、激しさを増すそれに身を二つに折った。

すぐに治まるから、大丈夫だからと紡いだけれど。
血の気をなくした銀朱の手には携帯電話が握られている。
その手を取って、握って、押さえて、首を左右に何度も振った。

やめて、誰も呼ばないで。

あの人も兄も弟たちも、きっと空を見上げてる。
邪魔したくないんだ、だからお願い。
誰にも、このことは言わないで。

言葉になんて、ならなかった。
ゼイゼイと耳障りに喉を鳴らして、ただ首を振るだけしか出来ない。
捕まえていた相手の手から携帯電話が滑り落ちた。
ゴトリと縁側に転がって、誰とも繋がることはなく。





宥めるように背を叩く手と、支え起してくれる肩と。
滲みぼやけた視界に映る、泣き出しそうな蒼色と。
倒れたコップ、砕けた硝子。
縁側を濡らす氷と水と。










縋った相手の肩越しに、大輪の花がまたひとつ、散った。











リクエスト内容(意訳)
「間近に迫る死期、縁側で花火」

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