軒先を貸した仲だった。
酷い雨の日、濡れ鼠になって帰った俺を出迎えてくれたのが始まりだ。
雨宿りをしていたのだろうに、家主(俺だ)が帰るとその場を離れ「どうぞ」と身を引く殊勝な奴だった。
風雨に晒され身を震わせながらも、平気そうな顔で強がる姿。
とてもそのまま放ってはおけず、遠慮がちなそいつを招き入れた。
大人しく、行儀良く、驚くほどに賢くて。
好きなだけここにいると良い、と確かに俺はそう言った。
言った、のだが……、
これは一体どういうことだ……!?
―雨宿りのち居候―
布団に潜り込んできたところまでは覚えている。
追い出そうという気にはならず、好きにしろ、と放っておいた。
懐っこい性格なのだろう、ぐいぐいと頭を押し付けてきて。
あまりに愛らしいその仕草を微笑ましく思いながら眠りに就いた。
で、だ。
目が覚めると同時に覚えた違和感。
焦点を結んだ視界が捉えたのは、隣で寝こける見知らぬ男。
しかも、服を着ていない。
誰だこいつは誰だ誰だ一体どこから入ってきた!?
硬直している俺を余所に、そいつは小さく身じろいだ。
ふ、と薄く開いた瞼。眠そうな目は血のように赤い。
ぱちぱちと二三度瞬いて、にっこりと笑みを浮かべてみせた。
ようやく回り始めた思考はそれでもぎしぎしとぎこちない。
眠そうに目を細める相手から気休め程度に距離を取った。
とは言ってもベッドの端の方へ這って移動したに過ぎないのだが。
「だ、れだ……おまえ……」
問いを投げても答えはない。
不思議そうに首を傾げて、三角の耳をピンと……ピン、と……。
「……耳……?」
相手の頭には、耳が生えていた。
白い毛で覆われた、三角形の、耳。
作り物だそうに違いないこんな獣耳の生えた人間がいてたまるか!
必死で自分にそう言い聞かせ、そろりと伸ばした指の先。
触れた途端にピクンと震え、ぺったりと頭に伏せられてしまった。
作り物とは思えない感触。やわらかで、あたたかだった。
触れられたことが嫌だったのか、それともくすぐったかったのか。
ふるりと軽く頭を振って、赤い両目で俺を見る。
伏せていた耳はピンと立て、時折ぴくりと小さく震えた。
真っ白な毛で覆われた耳、目が合うとツイと逸らされる赤。
見覚えのあるその色彩に違和感を覚えつつも記憶を探った。
断じて言うが、俺に獣耳を持つ知り合いはいない。
いない、はずなのだが。
不意に、とん、と額をぶつけられた。
肩の辺りに、痛くない程度のごく軽い力で。
そのまま頬を擦り寄せられて、浮かんだ可能性に戸惑った。
いいやまさかそんなはずは。
「……、……おまえ……」
呼べば相手の動きが止まる。
す、と身を離し俺を見て、なに? とでも言いたげに首を傾げた。
重なる姿は、もっとずっと小さかったはず。
雨に打たれ、冷え切っていて、放っておけずに手を伸ばした。
白い毛並みが酷く汚れて灰色に見えた貧弱な猫に。
「おまえ、なのか……?」
骨が浮いて見える細い身体からは昨日猫を洗ってやった石鹸の仄かな匂いがする。
相手は笑むように目を細め、小さな声で「にゃあ」と鳴いた。
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