声を聞かれることは嫌いらしい。
意図せず漏れた呼気すらも、顔を顰めて飲まんとする。
その様さえも扇情的だと、告げたら彼は嘲うだろうか。
―指を喰らわば―
堪えるように下唇を噛み、零れ落ちるのは吐息のみ。
止せとばかりに指でなぞれば、加減もなしに噛み付かれた。
突き抜ける痛み、広がる痺れ。
指をくわえる歯と歯の隙から、蠢く舌が僅かに覗く。
口内にある指先を、ちろりと軽く舐められた。
「……食うなよ」
告げれば、ふふ、と吐息の笑み。
返事の代わりなのだろうか、爪と肉との境をなぞられる。
戯れに舌を指で押せば息苦しいのか眉を寄せた。
「……ン……」
細められた緋と、上気した頬と。
鼓膜を掠める声音が甘い。
取り戻した指に残されたのは、唾液と赤い歯の名残。
してやったりと笑む顎を捉え、啄むように口付けた。
噛み締めていた下唇に、そろりと這わせた舌を食まれる。
絡め、噛まれ、血の味がした。どちらのものかは解らない。
「……ふ、」
鼻から抜ける苦しげな息。
胸を押す腕から力が抜ける。
ぱたりとシーツに落ちた手に、己が指を絡め握った。
弱々しくも力を込めて、握り返す様に煽られる。
冷えた肌は徐々に温み、爛れるほどの熱を宿した。
触れる度に跳ねる肢体が、紅く散った鬱血が、薄闇に慣れた目に痛い。
見遣った指に浮かんだ歯形。
仄かに赤く浮いてはいるが、すぐに消えることは目に見えている。
そんなものより確かな証を。時を経ても消えぬ何かを。
そう求めるのは滑稽だと、解っていながら尚も欲する。
この指先を食むのならば、いっそ噛み切り喰らってくれ。
胃の腑に落とし、血肉に変えてでも傍に在りたいと、そう告げたらば。
彼は、俺を嘲うだろうか。
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