濃い紅玉の目が三日月の形に細められた。
陽だまりに寝そべる猫のようだとぼんやり思う。
甚だ場違いな感想なのだけれど。










─ご覧遊ばせ!─










頬に散った生温かい飛沫を、剣持つ腕の袖口で拭った。
ぬるり、肌を滑る布地。べたり、頬に濡れる感触。
よくよく見れば右腕は既に赤く染まっており、
拭おうとすればするだけ肌が緋色に染まるだけ。

「救世主!」

呼ばれ、ゆるりと顔を上げた。
硝煙と土埃が舞う中を、軍人が一人駆けて来る。
その身に纏う衣服には黒ずんだ赤がこびりついて。





嗚呼、目に痛い。





「無事か!?」

投げられる言葉に焦りの色。
案じてくれていると知りながら、返す声音は固く低く。

「見ての通り、五体満足」
「ならばいい」

あからさまに安堵して、けれどすぐに視線が尖った。
研ぎ澄まされた刃の如く、冷たく鋭い光を孕む。





いっそこのまま貫いてくれたなら。





「……きゃ、よかった」
「救世主?」

聞き咎められることを承知で零す。
案の定耳聡く拾われて、訝しげな表情を向けられた。
氷に色がついているのなら、きっと彼の眸と同じ色なのだろう。
冷たく鋭く、触れた者の指を凍らせる。

「こんな醜い世界、救わなきゃよかったな、って」
「っ救、」

咎めるように呼びかけようとし、ぐっと言葉を飲み下した。
骨張った手が拳を作り、血の気が失せるほどに強く。

「月、白」

一語一語噛み締めるよに、名を呼ばれる。
少しばかり驚いて、僅かに両目を見開いた。
こちらを仰ぐ幼馴染の、緋の散る顔に苦しげな色。

「……冗談だよ」

ごめんね、と囁いて。
悪ふざけが過ぎたよね、と赦しを請うた。





「ねえ、銀閃」

幼馴染の名を呼ばわる。
あと何度口に出来るとも知れない名を。
苦渋の色を覆い隠して、なんだ、と彼は視線をくれた。

「終わらせようか」





こんな世界。





「……ああ、そうだな」

言外に孕ませた本心に、気付いたとはとても思えない。
恐らくは、この戦を、と取ったのだろうけれど。
それでも無性に嬉しかった。










ご覧遊ばせ、血煙の世を!
幼子の命を喰らいながらも自ら死期を早め続ける
かくも愚かしく愛おしい世界を!










救世の徒は嘆きを殺し、自身を殺めながら生き続けるのです!











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