暗い空が何度も光って、まだかまだかと待ち侘びて。
開け放った窓に噛り付いたら、ぽつ、と鼻先を打った一滴。
飛び出すが早いか降り出した雨は、何もかも溶かしてくれるみたいで。
ずっと打たれていたいと思うくらいに、優しい優しい雨だった。
─大人の薬─
額に当てられた手のひらが気持ちいい。
ひんやりとして、熱を奪ってくれるみたいで。
離れていってしまうのが嫌で、掴んでずっと押し当てていたら、
ぺち、と頬を叩かれた。
「痛っ」
「いい加減に離せ」
「えー、ヤダ。銀閃の手、冷たくて気持ちいいんだもん」
額を離れた手が、頬を、首筋を、なぞるように。
くすぐったくて身を捩ったら、溜息交じりの言葉が落ちる。
「なんで傘も持たずに出掛けるんだ。ずぶ濡れになって」
「だって雨だよ? 土砂降り。楽しいじゃん」
「……そう思うのはおまえだけだ……」
土砂降りの下に出て行って、血相変えて追い掛けて来る銀閃から逃げ回って。
足を滑らせてすっ転んだ幼馴染を、指差して笑ったりもした。
後ですっごく怒られたけど。
「ほら、薬。とっとと飲んで早く治」
「ヤだ飲まない」
「……おまえな……」
小振りの盆に乗せたれた、水の入ったコップと薬包紙。
見るなり頭から毛布を被って、断固拒否の姿勢を示した。
「粉薬なんて喉にひっついて苦しいじゃないか」
「じゃあ丸薬か?」
「あのいかにも薬ですって臭いが嫌い。それにそれ、でか過ぎ」
「仕方ないだろう、薬なんだ」
む、と口をヘの字に曲げて、考え込んだ幼馴染。
そもそも薬なんて好きじゃないんだ。
知らないはずもないだろうにさ。
「……煎じ薬……」
「それこそ! 口いっぱいに薬の味が広がって飲めたもんじゃない!」
「おーまーえーは……!」
カタ、とコップが僅かに揺れて、中の水が零れそう。
怒らせたかと思ったけれど、そっと窺う表情は、どちらかと言えば呆れていて。
あれ? と内心首を捻った。
「薬を飲まないなら、今日は部屋から出るな。大人しく寝てろ」
「えー、つまんない」
「詰まれ」
言いながら、お盆をそっと脇に置いて、引き寄せた椅子に腰掛ける。
額に汗で張り付いた髪を、摘み上げては払ってくれて。
ひた、と押し当てられた手が、やっぱり気持ちいい。
「……おとなしくしてるから、さ……」
「うん?」
「おはなし、してよ」
「……は?」
何を言い出すんだ、って顔に書いてある。
もぞもぞと体の向きを変えて、にっこりと微笑んでみせた。
「何でもいいからさ。俺が寝るまでの間でいい」
「……おまえ、心細いのか?」
かっと顔に朱が上る。
熱のせいだと誤魔化しが効くかどうか。
……たぶん、効かない。付き合いだけは無駄に長いから。
「そうだな……」
「えっ、何。ほんとにしてくれるの?」
「しろと言ったのはおまえだろう」
そう言って、難しい顔して考えてくれる。
何だかんだ言っても自分には甘いんだ、この幼馴染は。
こんな風邪、すぐに治してみせるよ。
薬なんて要らない。
おまえが傍にいてくれれば、効果はてきめんなんだから。
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