喧嘩して、家を飛び出した。酷い捨て台詞を相手に浴びせて。
走って走って、転んで、泣いた。
何で涙が出るのか解らなくて、膝の痛みのせいにした。
―榛の樹の下で―
「ここにいたんだな」
じゃり、と砂を踏みしめる音。
びっくりして、体が跳ねた。
「花白」
名前を呼ばれる。足音が近付いてきた。
気まずくて、下を向く。
抱えた膝が赤かった。目にした途端、じくじく痛い。
「怪我してるじゃないか」
トン、と隣に膝をつき、こちらの表情を覗き込んで。
視界いっぱいに相手の顔。苦しそうに眉を寄せて、紅い目を、細めて。
「……ごめんな」
頬に、触れられる。
その指先がいつもより熱くて、恐る恐る顔を上げた。
平静を装ってはいるけれど、よく見れば肩で呼吸をしてる。
額には汗が滲んでいて。
まさか、ここまで走って来たの……?
「……ごめん、なさい」
「いいよ。俺も悪かったから」
立てるかと訊かれ、小さく頷く。
転んだ膝は痛むけど、立って歩けないこともない。
そう、思ってたんだけど。
「……下ろしてよ」
相手の肩を軽く叩く。
けれどクスクス笑うだけで離してくれる気配はない。
「もう平気だって! 歩けるよ!」
「立てもしなかった癖に言えた台詞か?」
返されて、言葉を呑んだ。
思った以上に足が痛くて、歩くことは疎か立つことすら出来なかった。
仕方がなしに背負われて、今は下ろせ下ろさないの真っ最中。
「ちっちゃい頃はよくせがんで来たのになぁ」
「昔の話だろ!?」
声を荒げて赤くなった顔を、相手の背中に押し付けた。
悔し紛れに首に腕を巻き、ぎゅう、と強くしがみつく。
苦しいよ、なんて言いながら、それでも振り払ったりはしない。
甘やかされてるな、って思う。
解ってる。けど、もう少しだけ。
「あれ。寝ちゃった?」
「寝てないっ!」
もう少しだけ、このままで。
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