人の群れの中を歩く。
無駄に流されたりはしない。
あっちへふらり。こっちへふらり。
気の向くままに、ゆったりと。
それだけで良かった。それで充分だった。
誰かに腕を取られるまでは。
―流砂―
振り払おうと込めた力が、みるみるうちに抜けていく。
手首を掴む誰かの手は、しっとりと薄く汗ばんでいた。
俯いた顔、乱れた呼吸。合わせて上下する背中と肩と。
「……えっと……」
髪の色とか服装とかで相手が誰か予想は出来る。
けれど、この場にいる理由が解らない。
手を取られた理由もまた然り。
「……熊サン?」
だよね? と続けた俺の声に、黒い髪が頷きで揺れる。
やっとこちらに向けられた目は、底の見えない澄んだ色。
夜闇を掬った深い青。
睨むみたいに少しだけ細めて、溜息混じりにぽっつり零す。
「……探した……」
「えーと、俺を?」
問いに対する答えは返らず、手首を握る指に力が込められた。
痛くはない。けど、簡単には外れない程度の力加減。
いっそ痛みを覚えていたなら離せと強く言えるのに。
「もしかして俺に会いたくなっちゃった?」
茶化すつもりで、からかうつもりで、軽く投げた台詞だった。
恥じらうも良し、怒るも良し。
それを理由に手を解かせようと、そう目論んでいただけなのに。
「ああ、そうだ」
打ち返された頷きは、遙か頭上をすっ飛んで。
理解する間もなくストンと落ちた。
じわじわと顔に熱が集まる。
笑うように目を伏せて、真っ直ぐな青を遮った。
とてもじゃないけど見ていられない。
俺の心臓は、思ったよりも毛が生えてないみたいで。
「……エー……」
掴まれたままの手を揺らす。
離してくれる様子はなく、怪訝そうに首を傾げた。
「それ、反則だよ。熊サン」
告げたところで解らないらしく、ますます首を傾ける。
仕方がないから腕を引いて、こっちだよ、と薄く笑った。
たぶん帰り道のことなんて考えていないだろうから。
俺が案内してあげようじゃない。
迎えに来てくれたお礼にさ。
「ね、熊サン?」
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