桜並木を二人で歩く。
手を繋いで、歩調を合わせて。
見上げた空は遠く高く。遮るものなどありはしない。
だってまだ花はひとつも咲いてないから。
─春待木立─
風は日に日に緩んでいるけど、吐き出す息は未だに白く。
上着を羽織って、マフラーはどうしようかと迷うくらいの気温。
身には着けずに持ち出して、攫ってきた連れの首に巻いた。
必要ないなんて言うけれど、鼻の頭が少しだけ赤い。
山奥育ちで寒さには強いからって、凍えないはずないじゃない。
「なぁんか、変なカンジ」
薄く曇った青空に、細い細い枝が伸びてる。
花芽こそ膨らんできているけれど、咲くまでにはまだかかりそう。
ずらりと並ぶ節張った木々が、すべて桜だなんて思えない。
「おまえ、連れて来ておいてその台詞か?」
「嫌だって言わなかったじゃない」
半歩先を行く熊サンが、憮然とした面持ちで言う。
繋いだ手をちゃんと引いてくれるから、緩やかに景色は流されて。
前を見ろよと叱る声音に、聞こえないよと耳を塞いだ。
生憎、右手は塞がっているから、左の耳だけだったけど。
不意に彼が足を止めて、くるりとこちらへ振り返った。
どうしたの? と首を傾げる。
耳を塞いだ手を掴まれて、ちゃんと聞け、とまた叱られた。
「まだ、早過ぎるだろう?」
「なにが?」
さっきとは逆向きに首を倒す。
相手の眉根が僅かに寄せられて、深い溜息が零された。
「桜が咲くには寒過ぎる」
少しだけ寂しそうに梢を仰いで、解るだろう? と吐息で問う。
「そうだけどさァ」
「だけど、何だ」
「咲いてなくても桜でしょ?」
繋いだ手からするり逃れて、代わりに桜の木肌に触れる。
ざらざらしていて、ごつごつしていて、ひんやりと冷たい。
花の持つあたたかさとか、しっとりとしたやわらかさとは縁遠い質感で。
「もし咲いてたら、」
背伸びをして、細い冷たい枝に触れる。
膨らみ始めた花芽のあたりだけ、ほんの少し柔らかいような。
あたたかいような、気がして。
「見せたいなぁって、思っただけだからさ」
爪の先で、潰してしまいそうだった。
硬そうに見えているけれど、中はきっとやわらかだから。
そっと、そっと、手を離す。
「……誰に」
跳ねるように揺れる梢、つられて震える細い枝。
たくさんの花の芽を抱いて、少し先の春を夢見る。
「そりゃあ勿論」
にっこりと浮かべた満面の笑み。
離れた分だけ距離を詰め、逃げたその手に指を絡めた。
「桜が好きな誰かさんに、ね」
春のように優しくて、愛しい愛しい大切な人。
触れようと伸びる手を拒みもせずに、躊躇いがちに握り返して。
冬の名を持つ彼の人の手指は、桜の梢よりあたたかかった。
ふいと背けられた顔の、白かった頬に赤みが差す。
くすくすと小さく笑みを零せば、笑うな、と叱られた。
拗ねたような色の声で、恨みがましい視線と共に。
可愛い、なんて口にしたら、この手を振り解かれるかな……?
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