雨の音がした。
ぱらぱら、ぱたぱた、硝子を叩く。
やわらかな雨音は好きだった。
子守歌みたいで、やさしいから。










─雨唄─










濡れてしまうと解っているけど、そっと窓を押し開けた。
湿った風、雨の匂い。
窓枠に置いた手の甲に、ぽつぽつと滴が落ちてくる。
冷たくて、少しくすぐったい。

そろそろ閉めようかと顔を上げて、目を見開いた。
だんだん強くなる雨の中、白い影が歩いてくる。
遠目から見ても解るくらいに頭から足先までずぶ濡れだ。
閉め掛けた窓を大きく開けて、転げ落ちそうなくらい身を乗り出した。
ひら、と白い手が振られる。

「なに、してるの……!」

慌てて玄関へ駆け出した。
扉に手を掛け、大きく開ける。
引き入れようと掴んだ腕は、びっくりするくらい冷たかった。





「……びしょびしょじゃない」
「ん、」

ぽたぽたと髪の先から水を滴らせて、叱られた子供みたいな顔をしてる。
手近な椅子に座らせて、持ってきたタオルを頭に被せた。
わ、と小さな声があがる。

「服、乾かすから、脱いでね」

タオルの下から覗く目が、ぱち、と一度瞬いた。
その赤色が笑うみたいに細くなって、こっくり、首を縦に振る。

「髪、ちゃんと拭くんだよ?」
「うん、解ってる」

背中で聞いた声、髪を拭く音。
濡れて貼り付く服に四苦八苦しながら、ぽたぽたと水を滴らせて。
毛布を一枚抱えて戻ったら、びしょ濡れの服を持って所在なさげな顔をしてた。

「寒いでしょう? これ、被ってて」

毛布を手渡し服を受け取る。
水を吸った布地は重かったけど、暖炉にあてればすぐに乾くから。
椅子の背中に掛けて吊して、月白の所へ小走りで戻る。
すっぽり毛布に包まって、ぼさぼさになった頭だけ出してた。

僕を見て、見付けて、微笑う。
びっくりするくらい綺麗な笑顔。
見惚れてしまって、それに気付いて、慌てて台所へ取って返した。





「牛乳、いっぱい入れたから。お砂糖も」
「ありがと」

淹れたばかりのミルクティ。
白い湯気がふわふわと揺れる。
手渡す時に触れた指が、氷みたいに冷えきっていた。

「……寒く、ない?」
「大丈夫」
「でも、冷たい」

カップを持つ手にそっと触れる。
手のひらを甲に押し当てた。
少しでも、僕の熱が伝わるように。
早く温かくなるように。

「玄冬の手、あったかいね」
「……あなたが、冷たすぎるんだよ」

叱るみたいな声で言う。
傘も差さずに来るなんて、と。
月白は小さく笑いながら「だって会いたかったから」と言った。
カップに寄せられた唇は、今にも震えそうな紫色をしてる。





「おいしい」

こくん、と喉が上下する。
それを見て、やっと息を吐いた。
自分のカップを両手で持って、一口含む。
やわらかくて、甘い。

「紅茶淹れるの、上手くなったね」

ちびちびと、猫がミルクを舐めるみたいに少しずつ飲みながら月白が言う。
熱いのが苦手なのかと思った。
それくらい、ゆっくりだったから。

「そう、かな」

照れくさくて、下を向く。
ぱちんと暖炉で火が爆ぜた。










雨はまだ、止まない。











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