目が覚めると、あの人はいつもいない。
眠る前は確かにいたのに。
きょろきょろと辺りを見回しても、あちこち探し回っても、
あの人の姿はどこにもなくて。
帰っちゃったんだと気付くのは、使うことのない扉の前。
外へと通じる、扉の前。
─諦めと我侭と─
こくりこくりと舟を漕いで、閉じかけた瞼を無理矢理押し開けて。
眠気を払おうと首を振ったら、眠たいの? と声が聞こえた。
「……眠くなんて、ないよ」
「うそ。瞼がくっついちゃいそうだ」
ほら、と頬をつつく指。
笑みの形に細められた、きれいなきれな赤色の目。
少しずつ狭まる視界の中に、ちゃんと映していたいから。
ぎゅっと一度目を瞑って、眠くないよ、とまた開いた。
「まだ寝たくない」
「どうして?」
もう疲れちゃったでしょう?
いっぱいいっぱい遊んだからね。
優しい声。髪を撫でてくれる大きな手のひら。
抱き上げようとしてくれる腕を、慌ててグイと押し戻した。
不思議そうに見開かれた目。
どうしたの? と、首を傾げて。
「……寝たく、ない」
きっと困った顔をしてる。
俯いてしまったから、見ることはできないけど。
さらりと布の擦れる音。
床ばかり映す視界の端から、白い腕が伸びてきて。
「じゃあ、一緒に寝ようか?」
抱き上げられたことに驚いて、思わず顔を上げてしまった。
すぐ目の前に赤い眸。きれいな色の、あの人の目。
いたずらっぽく笑いながら、どうする? って問いを投げる。
「……いいの……?」
「もちろん」
玄冬は寂しがりやさんだなぁ。
くすくすと肩を震わせて、可愛いなぁ、なんて言う。
それがなんだか恥ずかしくて、離してよってもがいたけど、
かえって強く抱き締められた。
きゅっと握った袖の端。
同じ布団の中で、寝台から落ちないようにとくっついて。
眠るまででいいからと強請った子守唄。
困ったような顔をして、下手くそだよ? と言いながら。
デタラメな歌詞と調子外れのメロディー。
高く低く、優しい声で。
それが、とても嬉しかった。
「おやすみ、玄冬」
目が覚めると、あの人はまたいなかった。
手の中には上着の袖が残されて。
どこを探してもいないって、知っているけど探し回った。
帰っちゃったんだと諦めるのは、いつもいつも同じ場所。
外へと通じる扉の前で、俯いて、立ち尽くす。
帰らないで、なんて。
ずっとここにいて、なんて。
そんな我侭、言えるはずもない。
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