骨が気管がぎしりと軋む。
僅かな隙から漏れ出でる呼気がひゅうと掠れた音を奏でた。
細い腕、冷えた肌。ぽつ、と落ちたひとしずく。
何度ごめんねと紡いでも届いていないに違いない。
─軋む愛憎─
開け放した窓から吹き込む風に髪や衣服が翻る。
目に入りそうな前髪を押さえ、そっと喉の辺りに触れた。
皮膚を隠した高い襟。ふわりと纏った薄い襟巻き。
薄っすらと汗ばむ季節だけれどまだまだ手放せそうにない。
「ねえ、それどうにかなんないの」
「へ?」
はたはたと揺れる布地を引っ張り、そう尋ねたのは花白だった。
ぐえ、なんて声を上げ、何どうしたのと振り返る。
襟巻きをぎゅっと握ったままで、むっとした表情で花白は言った。
「もうじき夏だし、暑苦しいんだけど」
「あー、うん。そうだね」
実はちょっと暑い、かも。
そんな風に呟くと、じゃあ取れよ、と引っ張られた。
加減はしてくれているんだろうけど地味に苦しくてちょっとだけ焦る。
苦しい苦しいちょっ止めて!
慌てて花白の手首を掴めば、びく、と華奢な身体が跳ねる。
そうして気まずそうに目を逸らし、ごめん、と微かな声を零した。
そんな花白に視線を合わせ、気にしないでいいからと言葉を投げる。
するとおずおず顔を上げ、もう一度小さく「ごめん」と紡いだ。
そろりそろりと伸びる手が、その指先が喉元に触れる。
跳ねそうになる肩を無理矢理抑えて、なぁに? と小さく笑ってみせた。
「どうか、したの?」
軽く喉元に触れたまま、花白はじっと動かない。
再度投げた問いを聞き、ぱちりと瞬く緋色の目。
ことりと首を傾げた拍子に桜色の髪がさらさら流れた。
どうもしないと返されて、なら良いけど、とぎこちなく笑む。
訝しげな顔をする花白の頭をくしゃりくしゃりと掻き混ぜて。
やめろよ馬鹿! と手を振り払われ、けらけらと声を上げて笑った。
喉が冷えると風邪ひくんだよね。
だからコレ、巻いてるの。
そう言って襟巻を示してみせれば、花白はふぅんと気のない返事。
伝染すなよ、なんて言いながら、けれども心配してくれて。
それがじわりと心に沁みて、だけど同時に苦しかった。
夜毎繰り返される問い掛け。
それに対する答えなど持ち合わせているはずもない。
譫言のように、呪詛のよに、抑揚のない声で紡がれる。
どうしておまえがここにいるの。
僕は玄冬を殺してないのに。
おまえは生まれてきちゃいけなかったのに。
どうして、おまえは生きてるの。
細い腕が伸ばされて白い指が喉に食い込む。
ぎりぎりと締め上げられる感覚に意識は白く霞んでいった。
こんなに脆く見える手指の、どこにそんな力があるのか。
上手く働かない頭では、いくら考えても分からない。
首を絞める腕にそっと触れると花白の身体がひくんと跳ねた。
どこか虚ろな紅い目に躊躇うような光が揺れる。
苦しげに表情を曇らせて、締め上げる力が僅か緩んだ。
「……、ごめん……」
咳き込みながら投げた言葉に、花白の目から光が消える。
糸の切れた人形のようにぐらりと細い体が傾いだ。
咄嗟に伸ばした腕の中、すう、と聞こえた小さな寝息。
それにほっと息を吐き、痛む喉元に指を這わせた。
きっと跡が残ってる。赤く黒く色付いて。
花白は何も悪くないのに。何も悪いことなんてしていないのに。
行き場のない思いが積み重なって吐き出せないまま渦を巻く。
痛くて苦しくて悲しいけれど花白を責めることなんて出来なかった。
何ひとつ覚えていないのだ。
俺に投げ付けた数々の言葉も、首を締め上げていたことすらも。
忘れてしまっているのなら、そのまま気付かせなければいい。
思い出してしまったら、花白はきっと傷付くから。
それくらいなら黙っていようと、そう決めたのはいつだったろう。
花白を起こしてしまわぬように音を殺した咳を吐き出す。
昏々と眠る子供の頬を涙の雫が音もなく流れた。
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