開きかけた唇も、紡ぎかけた言葉も、口元に運ばれた人差し指に阻まれる。
静かに、と、声もなく告げられて、言葉も呼吸も飲み込んだ。
あとはただ、幼馴染のこの上なく幸せそうな表情と、その傍らで眠る子供の寝顔とを見比べるだけ。










─ひとりじめ─










慈しむように目を細めて、華奢な手指が髪を梳く。
膝枕ではないけれど、それに近い位置にある淡い色の髪を。
二三人掛けのソファに寝転ぶ花白には、身体を冷やさないようにと毛布が。
そっと背中に添えられた手が、転げ落ちないよう支えている。

ちりちりと、腹の奥底に灯る何か。
羨望か、嫉妬か。どちらにしても浅ましい欲でしかないのだろう。
花白の手が、幼馴染の服の裾を握っていた。
ただそれだけのことだというのに、灯されたそれは熱を上げる。
腹の中を、掻き回される。

「あげないよ?」

くすり、小さな笑みを零して。
慈しむ視線は、すぐ傍らに向けられたまま。
未だ眠りの淵に居る花白も、安らいだ顔をしていて。

「おまえには、あげない」

整った顔が、ゆるりとこちらに向けられた。
一度閉ざされた瞼が開く。
紅い赤い眸が、ひたと真正面から俺を捉え見据えた。





歪められた口元には笑み。けれど両目は笑っていない。
底冷えのするような光を宿して、威嚇するかのようにスイと細めて。
気圧される。半歩分身を引きかけながらも踏み止まった。

「おまえが花白のこと、大事に大事に想ってるって、知ってるけどさ」

白い細い指が、髪から額へ、額から頬へと流れていく。
視線は既に転じられ、惜しみない愛情を花白へ向けていた。
狂おしいばかりの執着を、花白ひとりに注ぎ込んで。

「だけど、ごめんな?」

こればっかりは譲れないんだと、困ったような表情で笑う。
そう口にするほど、大切なのだろう。
自分が花白を想うのと同じように。





小さく声を漏らした彼の子供の、柔な髪をそっと梳く。
薄っすらと開かれた瞼。緩やかに瞬く度に頬へと影を落とす長い睫毛。
幼馴染の姿を捉えて、綻ぶような笑みが広がり、

「……あ、」

こちらに、気付いた。
寝惚けた目をぱちぱちと瞬かせて、にっこりと、笑う。
両の腕を支えに上体を起こし、出掛かった欠伸を噛み殺しながら。

「来てたんだね」
「……ああ」

つられるように浮かんだ笑み。
どこか寝惚けた紅い眸が、どうして起こしてくれなかったの、と隣に座した幼馴染を睨む。
睨まれた方は肩を竦め、「だって気持ち良さそうに寝てるから、起こしちゃうの可哀想だったんだもの」と笑った。
よく似た顔で。よく似た声で。





自分と比べたら小さ過ぎる手が伸ばされた。
言葉はなく、柔な笑顔を浮かべながら小さく首を傾げてみせて。
潰さないようにそっと、そっと、取って握って引き起こす。
寝癖のついた髪を撫ぜてやると、はにかんだようにまた笑う。
そんな花白からは見えない位置で、幼馴染が詰まらなそうな顔をした。











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