また来てくれる?
そう尋ねたら、彼の人は驚きの表情を浮かべた。
けれどすぐに笑みが広がり「ああ、必ず」と、そう囁いた。
その時の、あの幸せそうな顔と言ったら……!
─桜格子─
細く開いた襖の向こう、そっと覗けばあの人がいる。
格子窓のすぐ前で、壁に身を預け目を伏せて。
時折覗く柘榴の眸は、ないまぜの感情に揺らいでいた。
「……花魁……」
小さく声を掛けると、お入り、と言葉が返る。
襖に手を掛け踏み入った部屋は、仄かに花の香りがした。
おいでおいでと手招かれるままに、膝を折って身を寄せる。
華奢な手指が髪を梳いてくれるのが、酷く哀しかった。
「身請け、決まったんだって?」
そう問いを投げた。
ほんの僅か目を瞠って、けれどすぐに悲しげな笑み。
小さく頷く動きにあわせて、桜色の髪がさらりと流れた。
「……あの人じゃ、ないんでしょう……?」
「……」
沈黙は肯定。
拒否権なんて、そんなもの、あるはずもなくて。
それは、つまり、そういうことで。
「嫌いじゃあ、ないんだけどね」
でも好きでもないんだよ。
煙管を咥えてそう告げる姉女郎の姿は、
妹分の贔屓目を差し引いても、とてもとても綺麗で。
「行くの?」
何処へ、とも、誰と、とも、口にはしない。
言わなくたって解っているはずだから。
案の定、こちらに向けられた表情は、晴れやかなまでの笑み。
「行くよ」
そう言って、空いた手が伸び、顎を捉える。
く、と上を向かされて、啄ばむような口付けが。
「……っ……」
咄嗟に腕を突っ張って、相手の胸を強く押した。
よろめき、倒れたのは自分の方だったけれど。
くすりと笑う気配に、カッと頬に朱が走る。
「初心だねぇ、おまえは」
「っアンタほど擦れてないだけだよ……!」
ころころと楽しげに笑う様が憎らしくて、けれど奥底では愛しくて。
行って欲しくないというのが本音だけれど、そんなこと、言えるはずもなくて。
手の甲で口元を乱暴に拭ったら、落ちた紅が肌に残った。
「せいぜい幸せになりなよ、月白姉さん」
睨みながら、そう言ってやった。
最愛の姉女郎は、驚いたように目を見張っていたけれど。
ふっと浮かべた笑み、優しげな目元、弓月の唇。
「おまえもな、花白」
そっと抱き寄せてくれる腕は、何故か小刻みに震えていて。
嗚呼この人は何処とも知れぬ遠い地へと発ってしまうのだなと、
今更のように気付かされた。
今夜はさっさと寝てしまおう。
明日、たくさん泣かなけりゃならないから。
泣いて喚いて、叫ぶのだから。
目が覚めたときには、きっと一人になっているのだろうけれど。
足抜け遊女の行く先なんて、知らぬ存ぜぬを通すんだ。
一覧
| 目録
| 戻