薄闇、暗がり、星の灯火。
とっぷり暮れた空を仰いで、薄いカーテンをそっと引く。
真っ暗だね、とぽつり零して、座した相手へ視線を投げた。
―宵待―
蒼色が、揺れる。
困惑したよな視線を投げて、止せ、と低く訴えた。
髪に絡め額に触れ、頬から首へと滑る指が、微かな肌の震えを呼ぶ。
「どうして?」
「……仕事中だ」
机に広げた書面を示し、解るだろう、と咎めるように。
転がる羽根ペン、零れたインク。朱肉の脇には判がある。
とっくに終わっている癖に。
気付いていたけど首を傾げた。
口元に薄く笑みを刻んで。
「じゃあ、終わったらイイ?」
「そういう問題か!」
「あれ。違うの?」
ケラケラと笑って投げた問い。
からかうのなら出て行けと、赤い顔のままで告げられる。
怖くなんかないし、聞く気もない。
机を挟んで向き合いながら、尚も触れようと手を伸ばす。
避けられることはない代わり、はっしと手首を掴まれた。
僅かに痛みを覚える程度の力加減で握られる。
こちらを睨む視線は鋭く、知らないはずの懐かしさ。
「……ゴメンね?」
緩やかに首を傾げてみせて、吐息ばかりにそう紡ぐ。
途端に揺れる蒼の眸が、どこか苦しげな色を宿した。
何事が言い掛けた口を閉ざし、半ば伏せた目が逸らされる。
「終わるまで、待ってるから。邪魔してゴメンね、タイチョー」
取られた手首をくるりと捻って、柔な縛りから抜け出した。
物言いたげな相手の指に、ただ触れるだけの口づけを。
驚いたのか手を引いて、顔を真っ赤に染め上げる。
口をぱくぱく動かすものの、まともな言葉は出てこない。
微かな笑みだけその場に残し、また後で、と背を向けた。
分厚い扉を後ろ手に閉じ、気配を殺して寄りかかる。
相手の性格を考えるに、無視など出来るはずはない。
律儀だから、真面目だから。待っている、と告げたから。
仕事を終えてしまったことを、せいぜい悔やんでいればいい。
密やかな笑みを口端に、足音を殺しその場を離れた。
寝台に座して微睡む意識を、不意に微かな物音が乱す。
扉が小さく奏でた音に、薄く目を開け、淡く笑む。
ああ、やっと来てくれた。
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