妙な世界に来たものだなと事ある毎にそう思う。
自分とよく似た容姿を持つのは遠い昔の父親だった。
先祖と呼ぶべきなのだろうけれど、歳が近いだけに複雑だ。
唯一無二であるはずの救世主は、幼馴染を含めて三人。
玄冬は滅びを忘れたついでに大小二人に増えたと聞いた。
加えて自分と同時期に、小さな玄冬がまた一人。
―レント―
書類を片手に歩む廊下、ふと目に留まった人影ひとつ。
不安げに辺りを見回して、幼い表情をくしゃりと歪めた。
珍しいな、迷子だろうか。
そう思いながら踵を鳴らし、殊更高く足音をたてる。
びくりと子供は身を震わせて、弾かれるようにこちらを見た。
「……あ、」
夜空を固めて嵌め込んだような、くるりと丸く大きな目。
うっすらと纏った涙の膜が、瞬く度にきらきらと。
けれどもこちらの姿を見るや、安心したように息を吐いた。
「一人か?」
「うん」
「月白は……仕事か」
重ねて問えばこくんと頷き、だから終わるまで待ってるのと言う。
暇を持て余して部屋から出たら城内で道に迷ったらしい。
いくらか城に慣れてはきたが、まだまだ小さい子供なのだ。
「くろとやはなしろはどうした? 一緒に遊べば良いだろうに」
今日は城にいるはずだぞと、言葉を続けてはっとした。
目の前の子供の表情が、かなしげな笑みに変わったから。
「僕は、あんまり走れないから」
だからいいのと呟く声には寂しさが色濃く滲み出て。
柔く小さな白い手は、力なくこぶしを作っていた。
本当は一緒に遊びたいのだろうに。
外を知らずに育った子供は、全てを飲み込み黙ってしまう。
このくらいの年頃ならば、もっと我儘を言っても許されるのに。
黙り込んだ俺をちらちらと見上げ、ごめんなさいと子供は俯く。
怒っているとでも思ったのだろうか。
だとしたら少し寂しい気もする。
「……行くか、」
零した言葉に顔を上げ、子供はくしゃりと表情を歪めた。
もう行っちゃうのと思わず紡ぎ、慌てた様子で口を押さえる。
うっすらと涙の浮かんだ眸。そこに滲むのは寂しさか。
必死で誤魔化そうとする様が、嫌に心を掻き毟る。
肯定も否定もせぬままに、その場にトンと膝をついた。
目線を合わせ、浮かべた微笑。口調は努めてゆったり柔く。
「これを届けなければならないんだが」
言いながら抱えた書類を示し、一緒に来るかと子供に投げる。
きょとりと夜色が瞬いて、それから「いいの?」と控えめな問い。
黙したままで手を差し出せば、子供の両目はまたきょとり。
俺の顔と手を見比べて、澄んだ夜色が戸惑い揺れる。
ほらと促す言葉を投げると、ようやくおずおず手のひらを重ねた。
柔く握れば同じ力で、指を握り返してくる。
その時初めて知ったのは、繋いだ手指のあたたかさ。
滅びも冬も感じられない人の子の持つぬくもりだった。
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