夕映えの時間もとうに過ぎて世界は青に染め上げられる。
空も、家も、足元の影も、しっとりとした青色で。
ぼんやりと空を見上げていたら、花白、と名を呼ぶ声がして。
はっと視線をそちらに向けると蒼色の目が僕を見ていた。










─暮れ泥む青─










慌てて小走りに駆け寄って、ごめんね、と小さく紡ぐ。
気にするなとでも言うかのように相手は首をゆるゆると振った。
先程よりも緩やかな歩調は僕に合わせてくれているんだろう。
嬉しいような、気恥ずかしいような、くすぐったい気分に目を伏せた。

彼はすぐ隣にいるはずなのに、どこか遠く感じられる。
並んで歩いているけれど、少しだけ、余所余所しいような。
きっそそう思うのは僕だけで、気にしているのも僕ひとり。

どうしてだろうと首を捻って、考えたてみたけど解らない。
ほう、と小さく息を吐き、暮れてゆく空をふいと仰いだ。





「遅くなっちゃったね」
「ああ。だいぶ暗くなってきたな」

家々の明かりがあるだけの、どこまでも青く暗い道。
擦れ違う人の数も減り、徐々に静寂が濃くなっていく。
暗さに慣れない目を眇め、彩城の影を見遣るけど。

「まだ、遠いね」
「そうだな」

短く返された言葉を最後に会話の糸は途切れてしまう。
相手の表情を窺おうにも暗がりに沈んで叶わない。
居心地の悪い沈黙と、濃く深くなる夜の気配。

アイツがいたら、と思い描くのは今は不在の月白で。
たまには二人で出掛けてくれば? と投げられた言葉が甦る。
俺は仕事がホラこの通り、と書類の山を示してみせて。
だからこうして二人きり。並んで帰路に就いたのだけど。

何を話せばいいんだろうと、そんなことばかり考えてしまう。
いつもは月白も一緒にいて、会話だってそれなりに続いていたのに。
こうして二人になった途端、何故だか言葉に詰まってしまう。
話したくない訳じゃないのに、声が出てきてくれなくて。





「っ、」

不意に右手に触れた温もり。息を呑み、目を瞠った。
暗く滲んだ視界には銀閃の影がじんわり映って。
驚かせたかと気遣う口調に、だいじょうぶ、となんとか返す。

「あ、の」
「なんだ?」
「その、……手……」

やんわりと握られて右の手を、離して、と緩く引くけれど。
かえってきゅうと力を込められ、それ以上の抵抗は出来なくなった。
軽く腕を引けば手を取り戻せると解るくらいの柔い力。
振り払うのを躊躇うくらいの、優しさと、温もりと。

「おまえと逸れると俺が困る」
「え、」
「嫌だったか?」

こと、と首を傾げる仕草が暗さに慣れた目に映る。
表情までは窺えないけど、なんとなく、解る気がした。
困った風な、笑みだとか。少し寂しそうな、蒼い目だとか。
思い描いたら堪らなくなって、俯きながらぽそぽそと。

「い、やじゃ……ない、けど……」

やっとの思いで紡いだ言葉に相手の気配が柔くなる。
そうか、と頷く声を聞き、何故だか顔が熱くなって。
どきどき煩い心臓の音を彼に気付かれたくなくて。
いっそ止まってしまえばいいと頭の片隅で強く願った。











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