黒鷹に連れられて訪れた彩城。
白梟に用があるからと言って、黒鷹はぼくの手を離す。
また後で、と手を振って、一人で歩くお城の廊下。
高い高い天井を見上げたら、ほんの少しだけ怖くなった。
─ひとりぼっち、ふたり─
教えられた通りの道を辿って、いつもの扉で足を止める。
コトコトコトと扉を叩いて、こんにちは、と言葉を投げた。
あれ、と小首を傾げたのは、何の返事もなかったから。
出掛けてるのかな、いないのかな。
そう思ったら寂しくなって、どうしよう、と下を向く。
あの人に会えると思っていたから、いない時のことなんて考えてなかった。
黒鷹の用事が終わるまで、一人で待たなきゃいけないなんて。
どうしようばかりがぐるぐる回って、その場に座り込みそうになった時。
どうしたの、と響いた声に、はっと顔を持ち上げた。
縋るように投げた視線の先で桜色の髪がふわりと揺れる。
こんにちはを言うことすら忘れて、とたとたと小走りに駆け寄った。
知っている人に会えて、安心して、泣きそうになるのを隠しながら。
「あれ、ひとり?」
きょろきょろと周囲を見回して、不思議そうな顔で花白は言った。
こくりとひとつ頷きながら、あなたも? と小さな問いを返す。
同じように頷きを返してくれて、それから花白は渋い顔。
ほんの少しだけ眉を寄せて、むむむと口を尖らせた。
そんな顔を見たものだから、今度はぼくが「どうしたの?」と。
すると花白は困った顔で、ごめんね、と小さな声で言う。
「あいつ、今ちょっと出掛けてるんだ」
申し訳なさそうな声で告げられ、ああやっぱりとどこかで思った。
いつも会えるわけじゃないんだ。あの人だって、忙しいから。
頭ではそう分かっているけど、どうしようもなく寂しくて。
思わず俯いてしまったら、慌てたような花白の声。
「でも、すぐ戻ると思うから。それまで、待てる?」
すとんとその場にしゃがみ込んで、目の高さをぼくに合わせてくれる。
あの人とお揃いの赤い目が、心配そうに揺れていて。
そんな顔しないでって言いたいのに、声が上手く出てこない。
「あ、の」
「ん?」
なぁに? と小さく首を傾げて、ぼくの言葉を待ってくれる。
ゆっくりでいいよ、どうしたの? と。やさしく笑って、待ってくれてる。
あのね、あの、とつっかえつっかえ、ようやく紡いだ小さな言葉。
「あなたと一緒に、いてもいい?」
きょと、と花白は瞬いて、それからくしゃりと笑みを咲かせた。
困ったような、照れくさそうな、ほんの少し眉を寄せた笑み。
「花白」
「、え……?」
「名前でいいよ。はい、手」
差し出されたのは白い手のひら。
あの人の手より、少しだけ小さい。
おずおず手指を重ねたら、きゅうっと柔らかく握られて。
行こ? とやんわりその手を引かれて、ようやく緊張が解れる気がした。
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