揺りかごの中で眠る子供をそっとそっと覗き見た。
丸い小さな桜の頭と、ふくふくと柔らかそうな頬。
ウサギの人形を抱き締めながら、子供は遥かな夢の中。
そろりと伸ばした指先は、触れる手前で動きを止める。
躊躇い躊躇い引き戻し、胸元できゅっと握り締めた。
─揺りかごの夢─
コツ、と響いた靴音に、小さく息を飲み込んで。
ヴェールと髪とを翻し、ぱっと顔を上げ振り返る。
数歩の距離に佇む相手の薄い笑みをきつく睨んだ。
「ノックの仕方も知らないのですか」
「ちょうど昼寝の時間じゃないかと思ってね」
起こしてしまっては可哀想だろう? と。
投げ付けた言葉に含ませていた嫌みの棘など気にも留めずに。
努めて抑えた密やかな声で、よく寝ているねと囁いた。
「うちの子が作ったウサギさんは、どうやらお気に入りみたいだね」
「……そのようですね」
あの子が聞いたら喜ぶぞ、なんて。
くすくすと、ころころと、楽しげな声で黒鷹は言う。
次は椅子でも作るんじゃないかな、と。
そう言いながら私を見、ふとその笑みを僅かに変えた。
「撫ぜてやったことはないのかい?」
不意に投げられた言の葉を受け、知らず視線が鋭く尖る。
なんのことですかと突き返せば相手は軽く肩を竦めた。
芝居掛ったそんな仕草に感情の水面に波が立つ。
騒ぎ出す胸中を認識しつつも、黒鷹、と相手の名を呼んだ。
「触れることを躊躇っているようだったから、ね」
「躊躇ってなど、」
「おや。そうかい?」
それはそれは失礼したね、と。
悪びれた様子など欠片も見せずに、黒鷹の目は再び子供へ。
頬に触れたり、髪を撫ぜたり、緩やかに籠を揺らしたり。
起こしてしまったらどうするのですと噛み付くより先に小さな声が。
「ああ、起きてしまったかな」
「、黒鷹!」
なんてことを! と尖る声。ぱちりと開いた一対の赤。
思わず息を飲み込んで、伸ばし掛け留めた両の腕。
その手を掴み軽く引くのは隣に佇む片翼で。
大丈夫だと言いながら、子供の方へと手を誘う。
「抱き上げてごらん。喜ぶから」
「何、を」
「せっかく小さくなっているんだ。やり直しと言う訳じゃないけれど、」
あの頃してやれなかったことを、一つでも二つでもしてやるといい。
今のあなたなら出来るだろうからね、と。
そう言う黒鷹の手が離れ、代わりに小さな手指が触れた。
加減も知らずに指を握って、ふにゃりと笑った幼い花白。
何かを強請るかのように、空いている手を懸命に伸ばして。
ふわと零れた髪一筋を、きゅっと握ってまた笑った。
「……、……黒鷹」
「うん?」
言いたいことなど知れているだろうに、相手にそんな素振りはない。
束の間噛み締めた唇から、ぽつりと零した幾つかの言葉。
それを聞き、返されたのは、困った風な笑みと声。
「君を嫌っているのなら、抱っこなんて強請ったりしないだろう?」
ほらご覧よと示されたのは、短い腕を伸ばす花白の姿で。
あうあうと幼い声を漏らして、零れた私の髪を握った。
そうっと背中に手を入れて、小さな体を胸に抱く。
ずしりと重く温かな、柔らかく愛しい私の子供。
近付いた顔を覗き込めば、何が楽しいのかきゃあと笑って。
小さな手のひらでぺたりぺたりと私の頬に何度も触れた。
私にも抱かせてくれないかい? と、そう問う声には否やの返事。
目を丸くする相手の様に、ほんの少しだけ胸の空く思いがした。
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