自分の顔をまじまじと見るなんて、なかなか出来ることじゃない。
身支度をする時に鏡を覗いて寝癖を直すのがせいぜいだろう。
ましてや幼い頃の顔など覚えていようはずがない。
だからこうして向き合ってみると色々なことに気付かされる。
睫こんなに長いんだ、とか、頭の形まんまるだ、とか。
無言でじっと眺めていたら薄い眉がへにゃりと歪んで。
あれ、と俺が思うより早く、子供はびゃあびゃあ泣き出した。
―Dear my little―
何でもアリな世界だからって、こんなことが許されるんだろうか。
いや、許す許さないの話じゃないのか。
ああもう訳が分からない。
泣き喚く子供に手を焼きながら遣り場のない想いを溜息に乗せる。
朝目が覚めて隣を見たら見知らぬ子供が眠ってた。
一歳になるかならないかくらいの、ほんの小さな赤ん坊が。
会ったことなんてないはずなのに、あっ俺だ、って解ってしまった。
いやいやまさかと否定しようにも子供の服には見覚えがある。
大事に大事に仕舞われていた、俺の子供の頃の服。
全く同じものなんて、あるはずがないと知っていた。
なんでどうしては脇へと押し遣り、口を噤んで寝顔を眺めた。
ふくりと柔らかそうな頬、つんと尖った小さな唇。
やわく握られた指は細くて、まるで作りものみたいだった。
好奇心に負けて頬をつつき、小さい鼻にちょんと触れる。
ふに、と柔らかな感触と同時、子供の瞼がぱちりと開いて。
……その後の説明なんて要らないだろう。
小さい俺が泣きだして、俺はあわあわするばかり、だ。
「何の騒ぎだ救世主!」
ドバンッと壊さんばかりの勢いで扉を開き、駆け込んできたタイチョーが叫ぶ。
眉間にくっきり刻まれた皺だとか鋭く光る蒼い目だとか。
見慣れているはずのそれら全てが今は救いの象徴みたいで。
「助けてタイチョー俺もう無理ッ!」
うわぁん! と子供みたいな声を上げ、タイチョーの足に縋り付く。
そんな俺を追い掛けるみたいに小さな俺もぽたぽたと。
えぐえぐとしゃくり上げながら、反対側の足にしがみ付いた。
ぴしり、タイチョーの動きが止まる。
その目は俺と小さな俺とを何度も何度も交互に見遣って。
タイチョ? と名を呼び裾を引いたら、地を這うような低い声。
「……誰の子だ」
「は?」
「誰に産ませた!」
がっと襟首を引っ掴まれて、ぎりぎりと首を締め上げられる。
そんな誤解だよなんて言おうとしても今は呼吸すら儘ならなくて。
苦しい苦しいと腕を叩いても離してくれる気はないらしい。
けれど、
「ふびゃああああああああん!」
驚いたらしい小さい俺が大音量で泣き叫ぶ。
はっとタイチョーが息を飲み、子供の方へと目を向ける。
そしてその場に身を屈め、慣れた手付きでひょいと抱き上げた。
よしよしいい子だ泣くんじゃない、なんて、そんな声が聞こえてくる。
小さい俺をあやす間はちらともこちらを見てくれない。
それがなんだか面白くなくて、むっと唇を尖らせた。
当然、気付いて貰えなかったけれど。
「それで、この子は誰の子だ」
漸く泣き止んだ子供を抱いたまま、じとりとタイチョーが俺を睨む。
理不尽だ! なんて内心で思い、けれども笑みを繕った。
普段と比べたら出来損ないの、曖昧な顔ではあったけれど。
「えーと、俺?」
「そんなことは分かっている」
「いや、あの、だからね。その子、俺なの」
神様の悪戯かいつものバグで、小さい頃の俺が迷い込んできちゃったみたいです。
おずおず紡いだその言葉を受けてタイチョーがその場に凍り付く。
ぎぎぎ、と腕の子供を見、再びぎぎぎと俺を見て。
はああ……と盛大な溜息ひとつ、がしがしと片手で頭を掻く。
片腕一本で抱えられ、小さな俺が首を傾げた。
どうしたの、とでも言いたげな顔で、う? と甘ったれた声を出す。
そこにいるのは自分なのに、なんだか少し羨ましくて。
妬いてる自分に知らん振りしてタイチョーの裾をきゅうっと握る。
気付いて貰えるわけがないって、期待はしていなかったけど。
視線は子供に向けたまま、大きな手のひらが頭の上に。
くしゃりと髪を撫ぜられて、思わず笑みが零れてしまった。
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