また喧嘩したの黒鷹サン、と揶揄を含んだ声が降る。
懲りないなァとけらけら笑い、断りなしに隣に座った。
踏み潰された下草がくしゃりと微かな音を立てる。

放っておいてくれたまえと肩を竦めて言うけれど。
ちらと窺うその横顔の寂しげな色に目を剥いた。










─隠された本音─










帽子をひょいと取り上げられて伸ばした腕が空を掻く。
さわさわと吹く柔らかな風に飾りの羽がふわりと揺れた。
その感触を確かめるように華奢な指がツと撫ぜる。
やや伏せがちの紅い目の奥、寂寥の光が瞬いた。

「若輩君にでも叱られたのかい?」
「んー、まァ、そんなトコかな」

そう言いながら帽子を弄び、ぽん、と軽く放り投げた。
くるくると踊るように宙を舞い、微かな音を立ててまた手の中へ。
それを何度か繰り返し、飽きたのか今度は頭に被ってみせる。

似合う? と小首を傾げて問われ、いいやと首を横に振った。
白を基調とした彼の服装に黒い帽子は浮くばかり。
詰まらなそうに口を尖らせ、けれどもその目は楽しげで。
先程ちらと垣間見えた寂寥の色は窺えなかった。





「そろそろ返してくれないかい」
「もうちょっとだけ」
「……駄目だ」

目深に被った帽子を取り上げ、定位置である私の頭へ。
くしゃりと乱れた鴇色の頭がふいと上向き目がかち合った。
むうと子供っぽく頬を膨らませ、ケチ、と小さな声で言う。
そんな相手に微笑みを投げ、柔らかな髪をやんわり撫ぜた。

「こんなことをしなくても話し相手くらいにはなってあげるよ」

手のひらで感じる髪の感触と、ひくりと走った小さな震え。
ふいと背けられた相手の横顔に再び寂寥の色が滲んだ。
瞬きの間にそれは薄れて、それきり消えてしまったけれど。





「……それじゃあ、お願いしようかな」

言ってゆるりと顔を上げ、笑みを浮かべて。
何か飲むものを持って来ようかと、そう紡ぎながら立ち上がる。
裾に付いた下草や土をぱたぱた払って、ふと紅い目が遠くを見た。

何を映しているのだろう。誰を探しているのだろう。
ここではないどこかを、私でない誰かを。
この世界ではない遠い場所を、あの目は求めているのだろうか。

「……君は、」
「ん?」

思わず零した一言を拾い、なぁに? と甘く小首を傾げる。
咄嗟に「お茶にするかい? それともお酒?」と間の抜けた問いで誤魔化した。
話し相手が欲しいのではなく、ただ人恋しいだけなのだろう、と。
そう訊ねるのは憚られ、曖昧な笑みで覆い隠した。





真昼間から煽った酒は舌と喉とを甘く焼く。
仄かに酒気を帯びた緋が、夢見るように彷徨った目が。
泣きそうな笑みに歪んでいても、気付かぬ振りで瞼を下ろした。











一覧 | 目録 |