いつものように自主休業して、たかたかと城の廊下を駆けた。
遠くから響くタイチョーの声は振り向きもせずに背中で聞く。
中庭の茂みに身を隠し、近付く足音に耳を澄ませた。
ああ探してる探してる、なんて、込み上げる笑いを殺しながら。










─垣間見る懐古─










段々と近くなる足音と声。
すぐ傍まで来てぴたりと止まり、俺を探してる気配がした。

あいつめ一体どこへ行った、とか、仕事は山ほど残ってるんだぞ、とか。
言葉の端々にちらつく怒りに、しばらく隠れていようと決めた。
もともと出て行くつもりなんてこれっぽっちもなかったけれど。

膝を折り曲げ背を丸め、体をうんと小さくして。
気配も息も殺していたら、なんだか少し懐かしかった。
ずっと昔、小さい頃に、かくれんぼしていた時みたいで。





もういいかい、なんて言っても応えてくれるのは一人だけ。
歳の近い子は幼馴染だけだったから、それは仕方のないことだけど。
一度だけ、酷く幼馴染を怒らせてしまったことがあって。
こうして一人で隠れていたのに、一向に探しに来てくれなかった。

もういいよ、なんて言えなくて。
だけど早く見付けて欲しくて。
必死で膝を抱え込んで、ずっとずっと待っていた。

夕方になっても俺がいないって騒ぎになった時は本当に困った。
出て行きたくても出て行けなくて、どうしようどうしようって泣きそうになって。
結局、あいつに見付かって、こっぴどく叱られたんだっけ。

懐かしいなぁなんて思いながら、遠くなる足音に耳を澄ませる。
行っちゃった、と零したら、なんだか酷く寂しくて。
けれどそう思ったことを認めたくなくて、振り払うように首を振った。
今はあの時と違うんだからと、自分に言い聞かせるみたいにして。





その場にごろりと横になり、投げ出した手足をウンと伸ばした。
背骨が小さくぽきりと鳴いて、ほんの一瞬呼吸が止まる。
青く青く澄んだ空、緩やかに穏やかに流れる雲。
時折鳥が横切る以外に遮るものは何もない。

木の葉の隙から射し込む光は眩しさとは遠い柔いもので。
いつしか眠りを誘われて、ついうとうとと目を閉じた。
けれど、

「気は済んだか?」

と降ってきた声に、慌ててがばっと跳ね起きる。
いつの間に回り込んでいたのか、すぐ目の前にはタイチョーがいて。
眉間に深く皺を刻み、はあ、と重たい溜息を吐いた。

「隠れるならもっとマシな所にしろ」
「……さっきは気付かなかったじゃん」
「気付かない振りをしてやったんだ。服の裾が見えていたぞ」

うそぉ。なんて声を漏らせば、嘘なものかと返される。
呆れ果てたとでも言いたげな顔で、ほら行くぞ、と手首を取られた。





不意に過った面影に、気付かれないよう蓋をする。
こんな仕草まで似ているなんて反則じゃないかと思うけど。
どこが、と言えない些細な所で、違うとちゃんと解っているから。
解ってるよと声なく呟き、仕方ないなぁと立ち上がる。

逃げるなよ、と釘刺す声に、はぁいと良い子のお返事をして。
じとりと睨む蒼色の主に、ほら行くんでしょと笑い掛けた。











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