ふわふわ漂う甘い匂いにお腹の虫がくうと鳴く。
それがちょっと恥ずかしくて、けれど隣からも同じ音。
あれ、と花白の方を見たら頬っぺたを少しだけ赤くしてた。

お腹空いたね、ぺこぺこだね、と小さな声で囁き合って。
目の前に置かれたパンケーキに向かって、いただきます! と揃って言った。










─綻ぶ小花─










カシャンと響いたその音は、お皿とフォークがぶつかった音。
どうしたんだろうとそちらを向いて、えっと思わず声が零れた。

そこは花白の席なのに、いま座ってるのは知らない子。
ぼくよりも、はなしろよりも、少しだけ小さく幼い子。
ぱちぱちと何度も瞬いて、不安げにぼくらの顔を見た。

「……花白、なの……?」

おずおずと投げた問い掛けに、その子はぴくりと身を震わせて。
大きな大きな赤い目が、ぼくのことをじっと見た。

「僕のこと、知ってるの……?」

小さな唇が紡いだ問いに、知ってるよ、と答えようとして。
けれどもぼくが言うより早く、小さい花白の身体が浮いた。
椅子の後ろから伸ばされた、黒鷹の腕に抱き上げられて。





「今回もまた随分と愛らしくなったものだねぇ」

おお軽い軽い、なんて言いながら黒鷹はにこにこ笑ってる。
なんだか嬉しそうな黒鷹とは逆に花白の顔は真っ青だった。
小さい僕が眉を寄せ、離してやれ、と袖を引く。
けれど黒鷹は気付かないのか、ほら高い高い、なんて楽しげで。

「ねえ、花白嫌がってるよ」
「君までそんなことを言うのかい?」
「だってほら、ねえ、泣いちゃうよ……!」

下ろしてあげて、と言うより先に、ひくりと小さな声がして。
黒鷹がおや? と花白の顔を覗き込むより早く、真っ赤な目から涙が溢れた。

「おおおおう!?」
「黒鷹!」

早く離せと小さいぼくが言って大きいぼくが手を伸ばす。
けれど花白はその手を振り切り、ぼくの背中に隠れてしまった。
大きいぼくは目を見開いて、花白、と名前を呼ぶけれど。
小さな花白はぼくの背中で服をぎゅうっと強く握った。

どうしよう、どうしたらいい?
小さいぼくの方を見たら、こくりとひとつ頷いて。
おろおろしてる大人二人に、出てけ、と短くそう言った。





無理矢理二人を追い出して、部屋に残ったのは子供が三人。
背中に隠れた花白が、くすんと小さく鼻を鳴らした。
そっと振り向きその場にしゃがんで、大丈夫? と覗き込む。
目元と鼻とを真っ赤にして、花白はこくりと首を振った。

「ぼくはね、玄冬。あの子もくろとって名前だから、ちょっとだけややこしいんだけど」

ね、と隣に同意を求めれば、そうだな、って頷き返してくれる。
大丈夫かと顔色を見て、柔らかそうな髪を撫でた。
ほんのちょっとだけ首を竦めて、びっくりしたのか目を丸くして。
もう大丈夫だと言う小さいぼくに、ことりと首を傾げてみせた。

「……くろと……?」
「そう」
「……、……僕、花白……」

はじめまして、とはにかむ顔には涙がきらきら光っていたけど。
笑った顔が可愛くて、ぎゅうっと両手で抱き締めた。











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