扉を叩けど返事は返らず、仕方がなしと手を掛け開く。
籠もった空気がゆらりと蠢き、薄暗い部屋に光が差した。
踏み入った室内を一瞥し、足先を置くの寝台へ向ける。
そこに眠る子供の顔を見、ほうと微かな吐息を零した。










─なくしもの─










寝台の上に投げ出された四肢、瞬きを忘れた緋色の目。
元から色の白い肌は一層色素が抜けたように見える。
ふっくらと丸みを帯びていた頬は肉が削げてしまっていた。

人形じみた整った顔立ちと合間って、ともすれば死人のようにも見える。
けれども緩やかに上下する胸の動きが死体でないことを物語っていた。

「……また残したのか」

手付かずのまま置かれた食事に、ちらと一瞥を投げ遣り零す。
ゆるやかに瞬く一対の緋が緩慢にこちらへ向けられた。
そこに宿った光は暗く、感情の色も窺えない。

「なにしに、きたの」
「おまえの様子を見に、だ。碌に食べていないらしいじゃないか」

罅割れた唇から紡がれた声は細く掠れた微かな音で。
呼吸の度にひゅうと鳴く喉は骨と皮ばかりで痛々しい。





「……たべたって、おいしくないから」
「厨房係が聞いたら泣くぞ」
「だって、あじがしないんだ」

おいしいはずだって、わかってるのに。
なのに、あじがしないんだよ。

力なく表情を歪めてみせて、だからいらないと、そう零す。
伸び放題の桜の髪が動いた拍子に緋色を隠した。
それを摘んで払ってやれば、一度目を伏せまた開く。
どこまでも深く暗い緋色が、ほんの一瞬揺れた気がした。

「辛いなら、泣けばいいだろう」

意図せず口にしたその一言に花白の目が丸くなる。
けれどもすぐに虚ろに戻り、それから唇を震わせた。

「ないたって、らくにはならないだろ」
「っ、」

返された言葉に息を呑む。
的を射た答えだ。それは分かる。
けれどそれを花白の口から聞きたくはなかった。





「それに、」

と、小さく紡がれた声は独り言にも似た色で。
続きを促す言葉を投げても、なんでもない、と首を振った。

片付けるぞと一言告げて食事の盆へと手を伸ばす。
しかし「待って」と声を掛けられ、弾かれるように振り向いた。
先程よりも確りとした口調で、たべるから、と囁くように。

「たべて、みるから。もってかないで」
「……ああ、」

頷き、食事の盆を手に、寝台の方へと歩み寄る。
もそもそと起き上がった花白は寝ていた時よりもやつれて見えた。
箸へと伸ばされた手指は細く、今にもぽきりと折れそうだ。

けれども触れた花白の肌には確かな温もりが残っている。
そのことに僅か安堵して、気付かれないよう息を吐いた。











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