昼前に玄冬と喧嘩をした。
きっかけはほんの些細なこと、所謂食卓の緑事情で。
もういいよ! と逃げ出したのは、先に背を向けたのは僕の方だった。
─閉じた扉の向こう側─
咄嗟に近場の部屋へ飛び込み、バタンと手荒く扉を閉じる。
鏡板にトンと背中を預け、目を閉じて重い息を吐いた。
玄冬が追ってくる気配はない。
そのことに少し安堵して、だけどちょっとだけ悲しくなった。
扉の向こうには玄冬がいるのに、とてもじゃないけど出て行けない。
しばらく時間を潰さなくてはと、両目をゆるり、見開いて、
「……、……」
目の前の光景に言葉を失い、思考がぴたりと停止した。
どうして外に出なかったのか、とか。
普通こういう場合は自分の部屋に籠もるものだろう、とか。
そんなことを考えながら頭を抱えて蹲る。
僕が飛び込んだその一室は、よりによって玄冬の部屋だった。
窓を覆うカーテンが、吹き込む風に揺れている。
きちんと整えられた寝台の上には読み掛けらしい本が一冊。
テーブルに生けられた小さな花を見、きゅうと心臓が締め付けられた。
だってあれを摘んできたのは、他でもない僕自身だから。
一歩二歩と足を進めて、寝台の端に腰を下ろす。
そのままぱたりと横になったら、ふわりと漂う玄冬のにおい。
さっきまで一緒にいたというのに、なんだか酷く懐かしかった。
鼻の奥がツンとして、慌てて顔を枕に埋める。
じわりと滲んだ涙には、気付かないふりをすることにして。
不意にコトリと音がして、はっと小さく息を呑む。
名を呼ぶ声を聞きながら、応えられずに身を硬くした。
「……ここに、置いておくからな」
そんな声だけをぽつり零して、足音と気配が遠ざかる。
そろりと開けた扉の向こう、置き去りにされたお盆がひとつ。
ふくふくと漂う美味しそうな匂いにお腹の虫がきゅるると鳴いた。
そういえば、お昼まだだっけ。
お盆をずるずる引き寄せながら、喧嘩の原因を思い出す。
昼ごはんの献立を廻ってだっけ、と。記憶はどうにもあやふやで。
けれどお盆の中身を見て、そんなことはどうでもよくなってしまった。
普段よりも野菜の少ない内容と、添えられていた走り書き。
その紙切れをぎゅっと握って、緩む口元を引き結ぶ。
いただきますと呟いて、早速箸を手に取った。
食べ終わったら、なんて言おう。
謝るのが先か、ごちそうさまが先なのか。
そんなことを考えながら、もぐもぐと口を動かして。
いつもと変わらぬ優しい味が、ささくれていた心に沁みた。
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