盛りを迎えた桜の天井、ひらひら舞い散る花の雨。
青の見えない空を仰いで、ふらりふらりと一歩二歩。
鋭く名を呼び声を聞き、なに? と返そうとしたけれど。
踏み出した一歩に足場はなく、気付いたときにはもう遅かった。
─花の下にて─
ひらりと舞い散る花弁が頬の和毛を撫ぜてゆく。
カラカラと硬い音がして、足元にひとつ小石が落ちた。
聳える崖に背を預けながら仰いだ空は既に暗い。
落ちてくる白い花弁さえ、夜の帳に霞んで見えた。
「なんて顔してんの」
隣からの声に顎を引き、ちらと視線をそちらに向ける。
同じように崖に凭れて、月白がじっと僕を見ていた。
黙っていたら手を伸ばしてきて、皺、と一言、眉間をつつく。
そのまま頬へと手指が移り、ふに、と柔く摘まれた。
普段なら、すぐにでも叩き落としてやるのに。
いつも以上に冷たい手指に心臓がびくりと跳ねた気がした。
体も、跳ねていたのだろうか。
相手は困った顔をして、俯く僕の頭を抱いた。
「大丈夫だって。な? 花白」
「……、……」
「これくらいじゃ死なないよ」
ちょっと痛いけどさ、と。
言いながらひょいと肩を竦めて、血みどろの足を動かすけれど。
途端に小さく息を呑み、ゆっくりと呼気を吐き出した。
「……ごめん」
「いいって」
「でも、その足」
地べたに投げ出された左の素足は足首がぱっくり裂けていて。
そこから流れる赤い血が、土をどす黒く染めていた。
服を裂いて傷口に押し当て出血を止めようとするけれど。
布地と手指を濡らすばかりで、じわじわと不安が押し寄せてきた。
「骨は折れてないみたいだから、すぐに治るよ。大丈夫」
「っだけど、」
「だからさ、一緒にタイチョーのお説教受けて?」
「……なに、それ」
僕の頭を抱いたまま、相手は鼻先を肩へと埋める。
そんな姿勢で喋るから、吐息と声とでくすぐったい。
「おまえだって足、捻っただろ? だからお相子。な?」
お相子、なんて言うけれど、怪我が酷いのはそっちじゃないか。
そう言いたくても声が出なくて、相手の服をぎゅうと掴んだ。
ぽんぽんと背中で跳ねる手のひらが、大丈夫だからと囁く声が。
顔を埋めた胸の音が、少しずつ少しずつ沁みてきて。
ひらりひらりと舞い散る花が相手の髪を滑って落ちる。
おまえと一緒でよかった、なんて。
そんなことを言う相手に向けて、馬鹿、と小さく吐き捨てた。
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