髪の毛の先から滴る雫と色をなくして震える唇。
足の先までずぶ濡れなのに、来ちゃった、なんて笑うから。
叱るより先に手を引いて、無理矢理お風呂場へ押し込んだ。
─微熱─
くしゅん、と響いた小さなくしゃみ。
ぐずぐずと鼻を鳴らす音。
頬は仄かな赤みを帯びて、紅い両目は潤んでる。
まだ少し濡れてる前髪の下、額にそっと手を押し当てて。
普段とは違う肌の熱さに驚き戸惑い狼狽えた。
「……だいじょうぶ、だよ?」
上目にぼくの顔を見て、彼は小さくそう言うけれど。
その声は掠れて聞こえたし、困った顔が辛そうだった。
ぼくの手に触れる指先だって、びっくりするくらい熱くって。
「大丈夫じゃ、ないでしょう?」
じっと紅い目を見て言ったら、彼は困った風に微笑った。
そうこうしている間にも、何度か咳き込みくしゃみをして。
平気だからと言う声は聞かずに今度は寝室へ押し込めた。
「あったかくして寝てなきゃ駄目だよ」
「大丈夫だってば」
「大丈夫じゃない!」
寝て! と強い口調で言ったら、どうやら観念してくれたみたいで。
じゃあ少しだけ、と寝台の上、温かい毛布にもぐりこんだ。
首まで毛布を引き上げたら、苦しいよ、と苦笑して。
これでいい? と問い掛ける声に、こくりとひとつ頷いた。
「ちょっと寝れば、すぐ治るから」
「……ほんとうに?」
「うん。ほんと」
心配性だなァと笑う声は、けれどいつもより元気がなくて。
俯いてしまったぼくを見て、大丈夫だからと言うけれど。
見ているだけでも苦しくて、何も出来ないのが悔しくて。
髪を撫ぜる彼の手に縋って、大声で泣いてしまいたかった。
濡らした手拭いを額に乗せると気持ち良さそうに目を細める。
ありがと、なんて笑う声が、さっきよりもっと掠れてて。
何か飲む? そう尋ねたら、彼は首を横に振る。
毛布の下から伸ばされた手が、ぼくの袖をちょいと摘んだ。
「玄冬がいてくれれば、充分だよ」
他には何にも要らないから。だから、玄冬はここにいて?
いつもと違う弱々しい口調で、掠れた声でそう乞われたら。
嫌だ、なんて、言えるはずもない。
袖を摘む彼の手を取り、きゅうっと強く握り締める。
ぼくはただただ頷くばかりで、想いは言葉にならないけれど。
ここにいるよ、ちゃんといるよ。
早く、早く、元気になってね。
そう伝わるよう願いを込めて、握った彼の手に額を寄せた。
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