夜の相手に事欠くことはなかった。
それは勿論、肌を重ねるという意味ではなく、酒を酌み交わすと言う意味で、だ。
ひとり酒は嫌いじゃないけど相手がいるならそれに越したことはない。
こうして付き合って貰えるだけで酒の味まで変わる気がするのだから。
─酒宵─
紫檀のテーブルに肘をつき、腕を枕に身を傾ける。
くったりとしただらしない姿勢を珍しく彼は咎めない。
酔っているのかもしれないなぁと、どこか朧な意識で思う。
空になったグラスに目を留め、ふらふらと手のひらを彷徨わせて。
その指先が酒瓶にぶつかり、くら、とそれが大きく傾いだ。
あ、と零した声より先に、その酒瓶が受け止められる。
咄嗟に伸ばした彼の手に、はっしとしっかり握られた。
「……何をしてるんだ、おまえは」
蒼い眸にじとりと睨まれ、誤魔化すみたいにへらっと笑う。
飲み過ぎだぞと咎める声も大丈夫だからと突っ撥ねて。
口当たりの良い甘い酒をぐいぐいと胃の腑へ流し込んだ。
呆れたような溜息と、物言いたげに向けられる視線。
もう止せとグラスを奪われて、ぼやけた視界に相手を映した。
「返してよー」
「駄目だ。いい加減にしろ」
「ええー」
「えー、じゃない。飲み過ぎだ」
取り上げたグラスに目を落とし、相手は眉間に皺を寄せる。
中身がすっかり空だったことがどうにもお気に召さないらしい。
はあ、と深い溜息ひとつ、今度は酒瓶に栓をした。
俺の手が届かない場所まで遠ざけ、もう飲むなよと無言で告げる。
はぁいと良い子のお返事をしながら、組んだ腕の上に頭を乗せた。
ふわふわゆらゆら気持ちが良くて、くすくすころころ笑みが零れる。
そんな様子を目に留めたのか、慌てたような声がした。
「おい、寝るなら自分の部屋へ、」
「わかってまーす」
「どこがだ! ちっとも分かってないだろう!」
ぎゃんぎゃんと喚く声が遠い。
揺さぶり起こそうとはしないから、優しいなぁなんて思ってしまう。
あったかい、きもちいい、うれしい、しあわせ。
とろとろと湧き出る眠気に誘われ、瞼がだんだん重くなる。
あーもう駄目かも。ねむい、寝ちゃう。
「ねーぎんしゅ、」
「……なんだ」
ぽろりと紡いだ相手の名前に、彼は一瞬目を丸くした。
そんな仕草が可愛らしくて、ふふ、と小さく笑みを零す。
なんなんだ! と誤魔化すみたいに声を荒げて問うけれど、照れ隠しだってバレバレだ。
だって顔が真っ赤だもの。お酒のせいかもしれないけれど。
上手く動かない唇で、おやすみを伝えられたかどうか。
相手の様子を伺おうにも瞼は重くて開けられない。
徐々に遠くなる意識の隅で、再び零れた溜息の音。
聞き間違いかもしれないけれど、彼に名前を呼ばれた気がした。
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