部屋へと一歩踏み入れたきり、子供はそこを動かない。
閉じた扉を背に佇んで、きゅっと口を引き結ぶ。
はてさてどうしたものだろう。
微笑みを湛えた顔の下で、そんな思いがくるりと廻った。
─幸せの音─
おいでおいでと手招いても、ただもじもじとするばかり。
花白、と彼の名を呼んでやったら、ぴくりと小さく身じろいで。
人見知りをする子供のように、上目にちらとこちらを仰ぐ。
かちりとぶつかる互いの視線。
ぱっと赤が逸らされる。
ああ、傷付くな。少しだけ。
しくりと微かに心が痛み、ふ、と小さく溜息をひとつ。
途端に息を飲む音がして、子供が慌てた顔をした。
いつものような笑顔を浮かべ、そこに滲ませた一抹の寂しさ。
ただそれだけのことなのに、面白いくらいに焦る子供。
「連絡もなしに来るものだから大事な用だと思ったのだけれど」
どうやら気のせいだったようだね。
残念そうな顔をして、軽く肩を竦めてみせて。
そう呟いたら違うと叫び、子供は何度も首を振った。
細く白いその首が折れてしまうのではと思うほどに。
「……あ、の……」
「うん?」
もぐもぐくぐもる小さな声。右へ左へ泳ぐ視線。
ふと気が付いた細い両腕。手のひらは背に隠されて。
「っこれ!」
もぎゅっと胸元に押し付けられたリボンの掛けられた紙包み。
俯いた相手の顔は見えず、けれど髪からちらと覗いた小さな耳は真っ赤だった。
「私にかい?」
「い、要らないなら返して」
「おや。私は要らないなんて言っていないよ」
受け取った包みをそうっと抱いて、開けてもいいかい? と甘く問う。
頬も耳も真っ赤に染めて、花白はこくりと頷いた。
不安と期待の入り混じった表情で、包みを解く手をじっと見る。
そんな顔をしなくてもいいのに。
君からの贈りものならば、何だって宝物なのに。
そう言ったとて変わらないから口に出そうとは思わない。
それに、と浮かべたもうひとつの想い。内心でふっと淡く笑む。
普段なかなか見ることの出来ない、可愛い子供のあんな表情。
もう少しくらい堪能したいと今日くらい思ってもいいだろう?
「……灰名、」
「うん?」
解いたリボンを弄び、なんだい? と首を傾げて問う。
真っ赤な顔と小さな声と、ちらちら泳ぐ上目遣い。
薄い唇がぽそぽそと、幸せの音を紡ぎ出す。
「……誕生日、おめでと……」
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