もそ、と咀嚼した口の中の何か。
何だろうなんて考えたけど、先ほど見たものを思い出して止めた。

美味しいはずだけど美味しくない。
口へと運ぶ手を止めて、はあ、と小さく溜息ひとつ。
窓硝子越しに仰いだ空は憎らしいほどに明るかった。










─ひとり味─










玄冬がいない。行き先は、知ってる。
朝から買い出しに出ると言って一人で街へ行ったはずだ。
もちろん僕も一緒に行くつもりだった。
けれど、

「風邪っぴきは留守番だ」

そう言われて、置いてけぼり。
少し熱っぽいだけなのに、と訴えたけれど駄目だった。
前例があるだろうと言われてしまえば返す言葉もないのだけれど。





ひとりで食べる昼ごはんは、なんだかちっとも美味しくなくて。
玄冬が作ったものなのに、全然味がしなかった。
口へ入れて、もそもそ噛んで、無理矢理飲み込み胃袋へ送る。

それを何度か繰り返して、嫌になって手を止めた。
残してしまうのは心苦しいけど、もうこれ以上は欲しいと思えない。

「……あとで、ちゃんと食べるよ」

誰も聞いてはいないけど、ぼそぼそと言い訳を紡ぎ零して。
ぐぐっとお皿を押し退けて、机にぐったりと身を預けた。





お腹の虫がくるくる鳴くから空腹であるはずなのだけど。
ひとりで食べても美味しくないから、もう少しだけ我慢我慢。

「玄冬、ちゃんと帰ってこられるかな……」

不安をぽつりと言葉にしたら、じわりじわりと広がって。
あんまり遅くまで帰らないなら迎えに行こうと密かに決めた。

彼が帰ってくるまでは、ひとりきりじゃなくなるまでは。
お腹の虫はくるくると、不平不満を歌うだろう。











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