おお寒い! と言いながら飛び込んできた羽音がひとつ。
一枚二枚と羽を散らして瞬く間もなく人型を取った。
首を竦め肩を震わせ、手袋をぽいと投げ捨てて。
近付いて来たと思った矢先、首筋の冷たさに飛び上がった。
―体温―
ゴッと鈍い音の後、黒衣が呻いて床へと沈む。
相手の顎を捉えた拳が今更ながらにジンと痺れた。
僅かに痛む指を解き、すぐさま強く握り直す。
もしもの時にはもう一発、手加減なしで殴れるように。
「なにすんだよこのバカトリっ! びっくりしたじゃないか!」
触れられた箇所に手を押し当てると、ぷつぷつと鳥肌が立っていた。
残る冷たさと不快感を拭うように何度も擦る。
その手が不意に動かなくなり、あれ、と視線を上げた先。
いつの間に復活したのやら、涙目の黒鷹が立っていた。
「そんなに擦ったら赤くなってしまうよ」
それにしたってちびっこよ、今の右は痛かったぞう。
殴られた顎をさすりつつ、相手はやれやれと肩を竦めた。
けれど言葉は耳をすり抜け、意識は掴まれた手首へ向かう。
服越しに触れた手の冷たさに、ふるりと小さく身を震わせた。
「ああ、やっぱり温かいねぇちびっこは」
「湯たんぽ代わりにすんな」
「いいじゃないか減るもんじゃなし」
肩口に埋まった相手の顔と、鼓膜を擽る笑い声。
癖のある髪がくすぐったくて黒鷹の顔を押し退ける。
すると今度は視界を塞がれ、背中に腕が回された。
頭のてっぺんに鼻先を埋められ、ふふ、と零れる声を聞く。
「やはりこっちの方がいいね」
「なに、言って」
ばくばく跳ねる心臓と、喉の奥で痞える言葉。
ほんの少しだけ距離を取ると、こっちの表情を覗き込む。
自然と見上げた金色の目が、にっこりと弓月に細められた。
「あたたかくて、やさしいからね」
離せ離せと口では言っても、全力で拒んだりはしないだろう?
心の底から嬉しそうに、満面の笑みで言うものだから。
相手の顔を見ていられなくて真っ赤になって俯いた。
心臓がもう少し静かだったら、こんなに顔が熱くなかったら。
迷うことなく拳を握って相手の顎を殴ってやるのに……!
一覧
| 目録
| 戻