あれから何日経っただろう。
相も変わらず穏やかな世界に、いつしか僕は馴染んでしまった。
救世主の生き別れの弟として、あっさり認められた新たな居場所。
名前を呼ばれて振り向いた先、映る色彩に胸が軋んだ。
―呼びたい名前―
二人で歩く回廊は薄暗く、いやに静かで居心地が悪い。
言葉を交わせば良いのだろうけど、何を話せばいいんだろう。
数歩先を行く彼の背中は幼馴染と良く似ていた。
それがなんだか悲しくて、視線は自然と床へ落ちる。
「なあ、」
「っ、あ、はい」
足音ばかりの静寂を破る相手の声に身体が跳ねた。
慌てて数歩の距離を詰め、半歩後ろで彼を見上げる。
困ったように眉を下げて蒼い蒼い目が細められた。
この表情は、違う。
「そう硬くならなくていい」
「……う、ん……」
ぎこちない頷き、泳ぐ視線。
両足は重く鉛のようで、徐々に彼との距離が開く。
懸命に後を追いながら不安定な声を吐き出した。
「あ、の、隊長は、」
「名前で呼んで構わないぞ」
おまえはあれの弟なのだから。
優しい声、やわらかな笑み。
親しみを込めて僕の名を呼び、すっと両目が細められた。
小さい子供にするみたいにして、くしゃりと髪を撫でてくれる。
「……、……」
はくはくと口を動かすけれど意味成す言葉は紡げなかった。
呼びたい。呼べない。呼べるはずがない。
知らず知らず重ねてしまう幼馴染の遠い面影。
彼は違うと解っているのに。
解っているから、かもしれない。
不意の気配に顔を上げたら、この時代の救世主が駆けてくるところで。
にこにこと顔を綻ばせながら「花白」と僕の名を呼んだ。
それから何の躊躇いもなく幼馴染の名を紡ぐ。
ごくごく自然なその流れを見て身体のどこかが小さく軋んだ。
重ねて見るのは失礼だって、解ってるのに。
わかって、いるのに。
両手をぎゅっと握り締め、唇を噛んで下を向く。
早く早く顔を上げなくちゃ、笑顔を作っておかなくちゃ。
思えば思うほど表情は歪む。歪になって、笑えなかった。
これじゃあいつと同じじゃないか。
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