昨夜から続く強風はいつしか暗雲を呼び寄せた。
暗く重たげな雲間を引き裂き稲妻が光を走らせる。
耳を劈く雷鳴を聞き、ちらりと背後の窓を見遣った。

コツ、と硝子を叩く音がし、次第にそれは激しさを増す。
降り出した雨と止まぬ雷に知らず知らず溜息が零れた。










―雷鳴―










時折走る稲妻が手元と室内を束の間照らす。
僅かな間の後響いた音が鼓膜をびりりと震わせた。

演習など出来るはずもなく、対峙する相手は書類の山。
一枚二枚と目を通し、署名と判とを繰り返す。
処理済みの書類を脇へと置いて、視線を転じ小さく紡いだ。

「珍しいな」
「……何がだよ」

返されたのは不機嫌な声。視線が向けられることはない。
幼さの残る整った顔と桜の髪、深紅の眸。
詰まらなそうに頬杖を突き、淡々と書類を捌いていた。

「普段ならば遊びに出ている頃だろう? 今日は出掛けないのか?」

投げ掛けた問いにその手が止まり、はた、と机に手指が落ちる。
僅かに俯く表情は暗く、どこか悲しげな色を宿した。





「……玄冬が、」
「うん?」
「玄冬が、雨の日は危ないから来るな、って」

そう言われたのだと呟いて、それきり口を閉ざしてしまう。
寂しいのかと思った矢先、再び背後で稲妻が走った。

びく、と跳ねる華奢な身体と、固く閉ざされた両の目と。
無意識に握られたその手の中には無残な姿の書類がある。

「花白、」
「……なに」

呼ばわる声を聞き我に返ったか、仄かに頬を朱に染めて。
それを誤魔化すかのように書類の皺を慌てて伸ばす。
遠目にも解るその手の震えと、薄っすら潤んだ紅い目と。
ゴロゴロと重い雷鳴の度に小さく息を呑む姿。





そう言えば、と記憶を辿り、幼い頃を思い出す。
雷雨の度に泣いていたのは桜の髪を持つ子供だった。

「……怖いのか?」
「っ馬鹿なこと言わないでくれる!? 怖くなんか、っ」

呑み込まれる声、悲鳴に似た呼気。
硝子を叩き割るかのような轟く雷鳴に鼓膜が揺れる。
子供はその身を小さく丸め、両手で耳を塞いでいた。
閉じた目を縁取る長い睫がふるふると小刻みに震えている。

その姿を目に苦笑して、仕方がなしと席を立った。
背後の窓をカーテンで覆い、書類の山から一掴み。
花白の隣に腰を下ろして怯える子供の髪を撫でた。





大丈夫だと囁くと、煩い馬鹿、と返される。
強がる言葉と裾に縋る手指、相反するそれらが微笑ましい。
仕事にならんなと苦く思いつつ、止まない雷雨に感謝した。











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