懐かしいなと目を細め、ああ夢か、と笑みを零した。
柔らかな寝台に半ば沈みながら広過ぎるシーツの海を泳ぐ。
短い手足をばたつかせ、ころりと小さく寝返りひとつ。
仰向けになり首を反らせて赤い丸い目が俺を映した。
抱っこを強請るように伸ばされた柔らかそうな小さな手。
やんわり握ると温かく、その懐かしさに頬が緩んだ。
―返り咲き―
きゃあきゃあとはしゃぐ高い声音は幼い子供特有のもの。
ちらりと視線を投げた先に、春色の頭が大小ふたつ。
どちらもにこにこ笑っていた。それはそれは幸せそうに。
「ほーら花白、たかいたかーい」
高々と掲げられた小さな身体。ぱたぱたと空を掻く短い手足。
はしゃぎ過ぎて咳き込むと、胸元で抱き直し背中を叩く。
案じる色の目に子供を映し、不安げな声でその名を呼んで。
花白の顔を覗き込む様は子育てに不慣れな年若い父親のように見えた。
夢でなければ幻でもない。
またか、と両手で頭を抱え、深い深い溜息を吐く。
「ほんっとに可愛いなぁ花白は!」
柔い身体を傷付けないよう緩い力で抱き締めて。
ふにゃふにゃとした笑顔でもって猫撫で声の救世主。
嫌がりぐずる気配を拾うと、あやすように身体を揺らす。
機嫌が直ると息を吐き、柔らかな頬を指先でつついた。
「……おまえも似たようなものだったぞ」
「ああそれ聞いた。タイチョーに抱っこされたら泣いたんでしょ?」
「……ああ」
泣きたかったのはこちらの方だ。
散々泣かれ嫌がられ、妙な誤解を招きもして。
育児の疲れと父の笑顔と、頼みの綱である花白の不在。
思い出すだけで眩暈がする。
芋蔓式に浮き上がる記憶を慌てて打ち消し頭を振った。
今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
花白をどうにかしなくては。
「ほら、俺って繊細だから」
「自分で言うなっ!」
ダンッと机を強く叩き、救世主をきつく睨み据える。
が、あるものを目にして緊張が走った。
それは他でもない花白の顔。
驚きに丸くなった目に、みるみる涙が浮かび上がる。
ひくりと小さくしゃくりあげ、震える声で泣き出した。
「あーほら、泣いちゃったじゃない」
咎める声と非難の視線がちくりちくりと突き刺さる。
泣きじゃくる子供をあやし宥めて、室内をぐるりと歩き回った。
けれど一向に泣き止まず、困り果てた目で俺を見る。
「……貸してみろ」
伸ばした腕に掛かる重み。
柔らかな感触とぐずる声音、しゃくりあげる息遣い。
遠い記憶と違わぬそれらに知らず知らず笑みが零れた。
左の腕で身体を支え、右手のひらで背中を撫ぜる。
とん、とん、と緩やかに。左右にゆらゆら揺らしながら。
「……なんか、上手」
覗き込む目に拗ねた色。
どこか悔しげに口を尖らせ、泣き止んだ子供をじっと見る。
泣き濡れた頬に指を滑らせ、腹で涙をそっと拭った。
「こいつの子守は俺の役目だったからな」
「へえ。そうなの?」
「……まあ、な」
泣き疲れたのか目を蕩けさせ、小さな頭が船を漕ぐ。
ふわ、と欠伸をひとつして、とろりとろりと目を閉じた。
柔らかな笑みを浮かべながら、救世主が寝顔を覗き込む。
薄紅の頬をやんわりつつき、吐息の声で小さく問うた。
「寝ちゃったの?」
「そのようだな」
潜めた声と頷きを返し、長椅子の上へと子供を運ぶ。
柔らかな布を敷き詰めて、そっとその身を横たえた。
起こさないよう慎重に、呼吸も気配も殺しながら。
「……タイチョーってさ」
「なんだ?」
ふと零された言葉を耳に、顔は向けずに声だけを返す。
子供の背中は椅子の上。幸い起きた様子もない。
あとはこの手を引き抜くだけだと内心ほっと息を吐く。
が、
「花白の前だとお母さんみたいだよね」
「なっ」
零れた言葉と跳ねた腕、伝った動きに目が開く。
ふえ、と泣き出す声音を耳に、再び子供を抱え直した。
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