好きな人がいるんだと、笑みを浮かべてそう言った。
相手は一瞬目を丸くして、その夜色をスイと細める。
ふわりと柔らかな笑みを咲かせ、「そうか」小さくと言葉を返した。

微かに揺れた声色と、動揺に泳ぐその視線。
気付かぬ振りで微笑みながら、照れくさそうに頷いた。










―真面目な話―










開けたままの窓から吹き込む夏の名残を抱く風。
俺の髪を、相手の髪を、さらさらと乱し弄ぶ。
閉めようか、と腕を伸ばすと追い掛けるような声がした。

「相手にちゃんと伝えたのか?」

窓枠にあたる指の先。カツンと軽く小さな音。
風を閉め出し振り向いて、ゆるゆると首を横に振った。

「実はまだ」

何度も「好きだよ」って言ってるのに、なかなか信じてくれなくてさ。
浮かべた笑みは努めて淡く、照れ隠しのよに眉根を下げる。
背中を壁に預け凭れて、へら、と口元を弛めてみせた。





「冗談だと思われているんだろうな」
「えー酷いなぁ」
「日頃の行いを振り返ってみろ。自業自得だ」

突き放すようにそう言うけれど、すぐに優しい言葉をくれる。
真面目に言えば伝わるさ、と。
我がことのように真摯な目で。

くすくすと、ころころと、喉から吐き出す笑い声。
対する彼の表情は、どこか硬さを孕んだ笑顔。
気付いていないと思っているのか、懸命に感情を押し隠す。

膝の上で組まれた指は色を変えるほどに強張っていた。
紡ぎ出されるその声だって、掠れ震えて聞こえるのに。





「幸せになれよ」
「うん、もちろん」

幸せになるし、幸せにするよ。
俺の話を聞いてくれてありがとうね。

礼を述べれば寂しげな色。気にするな、と沈んだ声。
ああもうまったく、この人は。
心の底で苦笑して、コツンと一歩踏み出した。

一歩また一歩と距離を詰め、彼の足元に膝を突く。
訝しむ視線、疑問の声。
骨張った手をそっと取り、あのねと小さく切り出した。





「ここから先が本題です。真面目な話、聞いてくれる?」











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