ふにゃふにゃとした赤子を腕に、途方に暮れて息を吐いた。
小さ過ぎる身体を抱いて、起こさないようにそっと揺らす。
散々泣いて疲れたのだろう。
目尻に涙を光らせながらも赤子や安らかに眠っていた。










―一粒星―










コツコツと扉を叩く音に、びくりと過剰に肩が跳ねる。
慌てて赤子の様子を窺い、変わらぬ寝顔に安堵した。
いるのかい、と聞き慣れた声。
耳を疑い目を丸くして、鍵が開いている旨を告げた。

緩やかに開かれる扉の向こうに佇んでいるのは実の父親。
おや、と軽く目を見開いて、灰名は柔らかな笑みを浮かべた。
挨拶もそこそこに歩み寄り、赤子の顔を覗き込む。

「可愛い子だね。女の子かい?」
「いえ、男ですが」
「そうか」

大きくなったら世の女性方が放ってはおかないだろうね。

ふふ、と小さく笑みを漏らしながらひそやかな声でそう囁いた。
眠る赤子のやわらかな頬を指の先でやんわりと突く。
赤子は薄い眉を寄せ、ふい、とそっぽを向いてしまった。





「ああ、嫌われてしまったな」

くすぐったかったかい、悪かったね、と微笑みながら小声で囁く。
柔い桃色の髪に触れ、桜の頬をそっと撫ぜた。
薄い瞼がふるりと震え、紅玉の目がちらりと覗く。
ぱちぱち瞬き、小首を傾げ、赤子の言葉で何事か言った。

「あー」とも「うー」ともつかぬ声。
意味することなど解るはずもなく。
短い腕をぱたぱた動かし、灰名の方へと懸命に伸ばした。

「抱っこをさせてくれるのかな?」

許可を求める視線に頷き、赤子を灰名に差し出した。
きゃあ、と高くはしゃいだ声。ひょこひょこ弾む小さな身体。
慣れた手つきで赤子を抱くと、目元を一層和ませた。





「子供だ子供だと思っていたが、月日が経つのは早いものだね」
「父上?」

ぽつりと零れた呟きと、どこか寂しげな表情と。
不思議そうな顔をする我が子に向き直り、いいかい、と灰名は言った。
変わらず柔らかく笑んではいるが、目には真剣な色がある。

「少々順序が狂ったけれど、式はちゃんとしなくてはいけないよ」

この子のためにもねと続けられ、銀朱は曖昧に言葉を返した。
どうにもおかしい、何かが変だ。
困惑の色濃い表情の下、言いようのない不安を覚えた。

「そう言えば花白はどこにいるんだい?」

灰名はきょろきょろと辺りを見回し、ねえ、と赤子に語り掛ける。
ちゅっちゅと赤子は指を吸いつつ、こっくりと首を傾げてみせた。

「直に戻ると思いますが」
「そうかい? 良かったね、もう直ぐ帰って来るそうだよ」





母様が、と続いた言葉に銀朱はぎょっと目を剥いた。
巨大な誤解を抱いたままで、灰名は赤子をひょいと掲げる。
高い高いとあやされて、赤子はきゃあと笑い声を上げた。

「可愛いものだね、孫というのは」

幸せそうな父親と楽しげな赤子の姿を見ながら銀朱は深い溜息を吐く。
どう説明をすべきだろうか。

その赤子が、うっかり小さくなってしまった一番大きな救世主だなどと。
加えて灰名は自分の孫にあたる子供だと完全に思い込んでいる。
俺と花白の間に生まれた子なのだと。
どちらも男であるのに、だ。





はあ、と大きな溜息を吐くと不意に髪を強く引かれた。
驚き仰いだ視線の先に、ふっくらとした小さな手。
事情も何も知らぬまま、赤子は無邪気に笑ってみせた。











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