風邪を引いたと思っていたら、うっかりこじらせ肺が軋んだ。
くらりと意識が彼方に飛んで、気付いた時には寝台の上。
家人に泣かれ医師に叱られ、言い渡された絶対安静。

ほぼ完治した今になっても部屋から出ることは許されずに。
持て余した暇を溜息に乗せ、はあ、と吐き出したときだった。










─太陽の欠片─










近付いてくる小さな足音。連れ立つ会話は幼い声音。
ずり落ちかけた上着を肩に、誰かな、と扉を見遣る。
こんこん、と叩く音を受け、どうぞと客人を促した。

開かれた扉の向こう側、現れたのは幼い息子。
失礼します、と断りを入れ、ちら、と後ろを振り返る。
半歩身を引き腕を動かし、小さな連れの手を引いた。

「ほら、花白」

銀朱の背中に隠れるように、桜の髪がちらりと覗く。
その背を軽く押し遣って、中へ入れと促す声が。
お茶を淹れてきます、と言って銀朱はぱたんと扉を閉めた。





遠ざかる足音、心細げな子供。
ちらちらとこちらを窺う視線にありありと浮かぶ不安の色。
訪れてからそう経ってはいないが、ずっと俯いてしまっている。

「花白」

掠れた声で名前を呼ぶと、ぴくんと細い肩が跳ねた。
ゆるゆると子供は顔を上げ、なに、と微かな声で問う。
おいでおいでと手招くと、いいの? と小さく首を傾げて。

とことこと歩み寄る幼い子供。
柔らかな髪をそっと撫で、ところで、と言葉を紡ぐ。

「背中に何を隠しているのかな?」

すると花白は半歩身を退き、見て! と両手を突き出した。
真っ直ぐに伸びた長い茎と、大きく広げた数枚の葉と。
太陽の花と呼ぶに相応しい眩いばかりの大輪の黄色。





「これ、灰名にあげる」

差し出された花を受け取ると、子供は顔に笑みを咲かせた。
茎を握る私の手に触れ、小さな指できゅうっと握る。
祈るように額を寄せて、舌っ足らずな言葉を紡いだ。

「はやく病気がよくなりますように」

驚き、声も出せずにいると、薄い瞼がふるりと震える。
露わになった紅玉の目が、じっとこちらを見詰めてきて。
幼い眸にじわりと滲む、不安げな色、揺れる赤。

桜の髪に指を絡ませ、柔なそれに唇を寄せた。
くすぐったそうに身を捩る花白を寝台の上へと抱き上げる。
こちらを仰ぎ見る愛しい子供。
そっと抱き寄せ、その耳元で、ありがとう、と囁いた。










息子の淹れた茶を啜りつつ、活けられた花に目を細める。
夏の日差しを集めたような、輝きに満ちた向日葵の花。
傍らで眠る子供の髪を、感謝の意を込めやんわりと撫ぜた。











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