会わないはずはないと思っていた。
彼とあまり似ていないその人に。
優しげな印象を受ける微笑と、芯の強さの窺える眼と。
正直、少し苦手かもしれない。
ずっとずっと、そう思っていた。
─革命─
石床を叩く軍靴の足音。
カツンと回廊に鳴り響いて、俺は思わず息を呑んだ。
今の今まで感じ取ることの出来なかった気配が不意に湧いて出てきたら誰だって驚く。
動揺を表に出さないように平静を装って振り向いたら、にこりと微笑む整った顔。
「……灰名サマ、だっけ?」
「おや、覚えていてくれたのかい。月白」
タイチョーの父親だという人は、心底嬉しそうにそう言った。
ご丁寧にも「救世主」ではなく「月白」と、俺の名を呼んで。
けれど「様」は要らないよ、どうか「灰名」と呼んでくれ、と。
つくづく似ていないな、と思う。
見た目は元より纏う空気が、一挙手一投足すらも作り物めいた優雅さで。
似ていなくて良かったな、と思考の隅でちらりと思った。
ふと、相手が小さく肩を震わせていることに気付いた。
笑って、いるのだろう。
見るからに楽しそうな様子だけれど、こちらとしては面白くない。
まるで俺が笑われているみたいじゃないか。
「……なに?」
「ああ、いや」
ふふ、と笑みを零しながら、気を悪くしたならすまなかったと謝罪して。
ゆったりとした足運びで俺との距離を二歩三歩詰めた。
「花白も大きくなったらこんな風になるのかと思ってね」
「……アイツは俺とは違うでしょ」
「それもそうだね」
笑みの形に細められた目は、タイチョーよりも濃く深い青。
触れたら指が凍り付いてしまいそうな、絶対零度の冷たい色。
にっこりと微笑まれているはずなのに背筋が粟立ち戻らない。
不意に相手が腕を伸ばした。
思わず身体を竦ませて、逃げ出そうにも背には壁。
困ったように眉尻を下げて「逃げないで」と彼は言った。
軍人にしては白い指が、俺の頬にそっと触れる。
冷たいものだと思っていたのに、温かいことに驚いた。
「私が怖いかい?」
「な、に……言って……」
「怯えている風に見えたものだからね」
大丈夫だよ、心配要らない。
私は君を傷付けたりはしないよ。
ぽん、と髪を撫ぜられて、それを最後に手が離れていく。
困ったような、寂しそうな、儚げな表情を浮かべながら。
「私はそろそろ失礼するよ」
「あ、ああ」
「また、少し話をしに来ても構わないかな?」
緩やかに首を傾げると銀色の髪がさらりと流れた。
タイチョーの髪より明るくて、ずっと細く見える髪。
触れたら溶け消えてしまうのではないかと思うくらいに、澄んだ色。
怖い、なんて。そんなことを思っている訳じゃない。
ただ驚いていただけで、距離を、測り損ねていただけで。
「好きに、すれば」
小さい子供相手のような相手の態度が癪に障って、負け惜しみみたいにそう言った。
途端に彼は頬を緩ませ、柔らかな笑みを向けてくる。
調子を崩されていることを自覚しながら、けれどどうしたらいいのか解らない。
「ありがとう」
すいと隣を過ぎ行く背中を見えなくなるまで目で追った。
コツ、コツ、と石床を叩く控え目な足音が鼓膜を打つ。
粟立っていた背筋は戻り、冷たさはもう感じない。
代わりに心臓がやたらと煩くて、顔が赤くなっていることにも気付けなかった。
ああもう何なんだよ、あの人は……!
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