窓からふわりと飛び込んで、おや、と両目を丸くした。
我が子はどうやら留守らしく、代わりに小さな春色を見る。
冷め切ったカップの傍らで机に伏して眠っていた。
─愛らしいこの手─
鳥から人へと姿を変えて、そろりそろりと近付いた。
幸せそうに微笑んだ安らかな寝顔。
随分と深く寝入っているらしく、頬に触れてもピクリともしない。
手袋を外した生身の指で、桜の髪をそっと撫ぜた。
梳いては零し、零しては梳き、くるりくるりと絡めもして。
眠っていれば可愛いものを。
起きている時にやろうものなら手を叩かれること間違いなしだ。
悪くすれば斬り掛かられる。そう考えて苦笑した。
「っと」
くるくると髪を弄ぶ指を、不意にしっかと掴まれた。
ああしまったな、起こしてしまった。
危機感も薄くそう思い、訪れるであろう怒声に備えて、
「……うん?」
一向に罵声は訪れず、静かなままであることに首を捻った。
そっとそっと覗き見た相手は相も変わらず夢の中。
掴まれた指をその寝顔とを交互に見遣り、淡い苦笑を口端に。
どうやら寝惚けただけらしい。
指をしっかり握られたまま、ほう、と安堵の息を吐く。
子供の眠りを邪魔することも甲高い声で怒鳴られることも、どちらも望んではいないのだから。
握られた指を取り戻そうと軽く引いたが離れない。
かえって力を込められてしまい、どうしたものかと天を仰いだ。
無理に解けば目を覚ましてしまうし、かと言ってこのままでいるわけにも……。
ぐるぐるぐるぐる考えた末に、なるようになれと放り投げた。
離さずにいるこの子が悪い。そう考えることにして。
目が覚めたらば驚くだろうな、顔を真っ赤にして怒るだろうか。
少しでも恥らってみせてくれたら、それはそれは可愛らしいだろうに。
口元を薄く笑ませながら、そんなことを考えた。
ことんと小さな音がして、扉が緩やかに開かれる。
帰った我が子に両の目を向け、人差指を口元へ。
声には出さずに「静かに」と、小さく微笑む玄冬へ伝えた。
もう少しだけ貸しておいてくれないかい?
どうにもこの子は私のことが好きらしいんだ。
指を握って離さないんだよ、ほら見てくれたまえ私の手を。
まったく可愛らしいじゃあないか!
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