高く晴れた空、無遠慮に上昇する気温。
数歩先を歩む子供が早く早くと手招いた。
細く白い腕を天へと伸ばして、折れるのではないかと思うくらいに振って。
その顔に浮かんだ表情は弾けんばかりの満面の笑み。
つられて綻ぶ唇が、花白、と彼の子供を呼んだ。
─君に一面のヒマワリを─
「どうしたの?」
「ああ、いや。今行く」
ほんの僅かに速めた歩調、先程よりも大きくなった歩幅。
待たせたな、と言葉を投げて、柔らかな髪をくしゃりと撫ぜる。
くすぐったそうに笑いながら、花白は首を竦めてみせた。
「……ねえ」
「なんだ?」
「……なんでもない」
ふるりと首を横に振り、早く、と俺の腕を引く。
触れた手のひらの冷たさと、握り締める指の細さ。
血が通っているとは思えないそれらに、背筋が凍るようだった。
「銀閃?」
名を呼ばれ、はっと我に返る。
不思議そうな色をした赤い赤い目が近い。
花白は可愛らしく小首を傾げ、どうしたの? と問いを投げた。
この夏を越えられれば。
乗り切れさえすれば、或いは……。
医師の言葉が脳裏を過ぎる。
それは限りなくゼロに近い可能性。
縋るには脆過ぎる、今にも途切れそうな糸。
幼馴染の呆然とした顔が、兄の遣り切れない表情が、次から次へと浮かんでは消える。
誰もがこの子を愛しているのに。なのに、なぜ……?
「銀閃ってば!」
「っああ、」
冷たい冷たい手のひらが額にぴたりと押し当てられる。
怒ったように眉を吊り上げて、への字に曲げた唇が見えた。
案じる色の濃い両の目が、俺の視界いっぱいに。
「どうしたの? さっきからずっとぼんやりして」
暑さで頭やられちゃったの?
気持ち悪かったりしたら言ってね。
どこか涼しい所へ行こう?
額を離れた白い手が、俺の手首を掴んで引いた。
今にも陽に透けて溶けて行ってしまいそうな手が。
その手をそっと握り返して、出来る限りの笑顔を向ける。
「いや、平気だ。心配かけたな」
「……ほんとに?」
「ああ。……信じられないか?」
「まさか!」
銀閃を疑うわけないじゃない。
今日だって、こうして連れて来てくれたでしょう?
仄かに染まった頬を笑ませて、ころころと楽しげな声を漏らす。
憮然とした表情をわざと作って「あたりまえだ」と語気を強めた。
すぐに見破られてしまったけれど。
一面のヒマワリを見に行こう。
見渡す限りのヒマワリの中で、日が暮れるまでかくれんぼをしよう。
幼い頃に交わした約束。
二人だけの秘密だと言って、結んだ小指と、密やかな笑みと。
ぐらりと傾いだ細い身体。
白い腕が弧を描き、緩やかに崩れ落ちていく。
ああ待ってくれ、まだ早過ぎる。まだ約束を果たせていないのに。
あと少し、あと少しなんだ。
あの丘を越えたら、そうしたら、
君に、一面のヒマワリを……
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