欲しいもの、大切な人。すべてが揃った幸せな世界。
やさしくて、あたたかで、何も不満はないけれど。
これ以上のことを望んだら、神様は僕を叱るだろうか。
―駄々子の指―
テーブルに伸べた両腕を組み、枕代わりに頭を乗せる。
開け放した窓、吹き込む風。
薄いカーテンがふわり膨らみ、差し込む木漏れ日が布地に揺れる。
何の気なしに目で追って、とろりと眠気に誘われた。
「眠いのか?」
鼓膜に馴染む低い声。
薄く開けた目、視線の先に、こちらを窺う玄冬の顔。
呆れているのか眉を寄せて、けれど目元は和らいで。
髪を梳かれる感覚に、ゆるりと両の目を細めた。
「……少し」
「寝るのなら部屋へ行けよ?」
頭の下の腕を解き、髪を梳く手を捕まえる。
どうかしたかと視線で問われ、少し考えて小さく返した。
「……ここがいい」
「風邪をひくぞ」
「ひいてもいいから」
「……おまえな、」
溜息混じりの声が降る。
促すようにぽんぽんと、軽く背中を撫でられた。
それでも嫌だと首を振り、玄冬の指をぎゅっと握る。
「玄冬の傍が、いい」
「……」
夜色の目が丸くなり、ぱち、と一度瞬いた。
次いでその目を緩やかに眇め、深い深い溜息を零す。
ふい、と顔が背けられた。
「……あ、」
するりと抜け出た彼の指と、踵を返したその背中。
呆れられた、怒らせてしまった。そんな思いに塗り潰される。
空っぽの手を引き戻し、再び腕を枕にした。
顔を埋めて、目を閉じる。後悔ばかりが湧いて出た。
こんなつもりじゃなかったのに。
ことりと背後で微かな足音。肩に背中に僅かな重み。
はっと顔を上げるより早く、ふわりと何かに包まれる。
「体を冷やすだろう。使え」
毛布の端を握らせて、ぼそりと玄冬がそう告げた。
照れているのか目を合わせずに、口調もどこか投げやりで。
「……ありがと」
向かい合う位置に座った玄冬の両耳が少し赤かった。
テーブルの上に置かれた腕。
そろりそろりと手を伸ばし、袖の端っこを軽く摘んだ。
気付いた玄冬が腕を浮かせて、逃げる間もなく手を取られる。
やんわりと力が込められた。
「……玄冬?」
「眠いんじゃなかったのか?」
「もう覚めちゃったよ」
「……そうか」
バツの悪そうな顔をして、ふい、と視線を逸らしてしまう。
けれど重ねた手はそのままで、それが嬉しくて小さく笑った。
離さないでと強請ったら、玄冬は微笑ってくれるかな。
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