夢を見た朝、目覚める瞬間。息を詰めて跳ね起きた。
くらりと揺らいだ視界と思考は、深く息を吐いて落ち着かせる。
浮かんだ汗と貼り付く前髪を、ざっと掻き上げ、唇を噛んだ。










─夢魔の微笑み─










「……、……はなしろ……?」

寝惚けた声に名前を呼ばれた。
はっと意識を隣へ向ける。
もぞもぞ蠢く毛布の塊。にゅう、と一本、腕が生えた。

ぱた、ぱた、とシーツを彷徨う白い白い手が触れる。
固く毛布を握る指に、力を入れて筋の浮いた手の甲に。
手首を伝って腕を這い、そっと頬に添えられた。
ひんやりと、冷たい。

「怖い夢でも、みた……?」
「……見てないよ」
「そ?」

焦点を結ばない紅い目が、スイと半ば伏せられる。
口端だけに笑みを浮かべて、それならいい、と小さく紡いだ。
顔の半分を枕に埋めて、眠そうな目をゆるりと閉じる。
頬に触れていた手が落ちた。
ぱたり、軽い音がする。





怖い夢なんかじゃなかったんだ。
隣で寝こける相手が出てきた。
それだけはちゃんと覚えているんだ。
他は全部忘れたけれど。





「っわ、」

不意に身体を引き寄せられて、毛布の中に巻き込まれる。
頬にあたる白いシーツと、背中に回された腕の感触。
寝惚けているのかと相手を見たら、紅い両目が薄く開いた。

笑っているのか、泣いているのか。
どちらとも言えない曖昧な表情。
緩やかに閉じる薄い瞼が、何もかもを隠してしまった。

薄く開いた唇が微かに動いて言葉を紡ぐ。
喉をほとんど震わせない、囁くような吐息の声で。

「おやすみ、花白」

猫みたいに顔を寄せられて、肩に額が押し付けられた。
首筋にかかる呼気は温く、くすぐったさに身を竦ませる。
宥めるように背を撫ぜる手が、ぽんぽんと柔に二三度跳ねた。





肩口にある密やかな寝息。ずっと低い相手の体温。
寝癖の付いた鴇色の髪に、そろりと指を伸ばして梳いた。
もう起こさなきゃいけないのに、離れたくなくて目を閉じる。





離れられなくて、目を閉じた。











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