邪魔だな。
冷えた目でそれを見る。それは人の手の形をしていた。
触れれば適度な弾力と嫌に生温い熱がある。
その全てが、酷く煩わしかった。










─徒花─










ひたり、押し当てる手のひら。
首筋の薄い皮膚の下、とくとくと脈打つ命がある。
他の部位よりも柔な弾力、高い熱。
それが、この上なく愛おしい。

「どうした?」

震える喉、零される声。
首に手を当てたまま、また思う。
邪魔だ、と。

「……あったかい」

悟られないように、知られないように。
ぽつり、小さく紡いだ言葉。
どうしようもなく、この手が邪魔だ。
皮膚が肉が血が骨が、煩わしくて仕方がない。





「おまえの手、冷たいな」
「うん。ごめん」

柔でいて芯の通った笑み。
ゆっくりと持ち上げられた手のひらが、俺の手の甲を覆った。

「いいさ」

やんわりと、握られる。
引き剥がそうとする動きではなかった。
どちらかと言えば、その場に押し留めようとするような。

「……離して」
「嫌だ」

すぐさま返される。是非もない。

思わず見詰めた表情は、いたずらっぽい笑みの形。
取り返そうと引いた手は、びくともしない。





「このまま、」
「え?」

ほんの微かな喉の震え。
零れ落ちる、音。

「ひとつになってしまえばいいのにな」

ぞくりと背中が粟立った。
表情らしい表情のない顔が、感情の色の窺えない目が、真面目から俺を見た。
……呑まれる……。





「それ、俺の台詞でしょ?」
「さあ」

悪びれもせず、首を傾げた。
薄く笑みすら浮かべてみせて。
さっきまでの無表情が嘘みたいだ。

「っとに、質悪い」

言いながら、相手の胸元に頬を寄せる。
押しつけた耳に流れ込む、鼓膜を打ち震わせる音。
命を紡ぐ行進曲。ことこと、ことこと、絶え間なく。





目があって、共に笑った。
同じ顔で。同じ声で。
だから思う。
この手が邪魔だと。

血肉も骨もかなぐり捨てて、ひとつになれたら幸せなのに、と。
同じ顔で、同じ声で、同じことを願ってる。
ああ、やっぱり……





この肉は、邪魔だ。











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