求められたのは初めてだった。
練習は数え切れないほどこなしたけれど。
本当に必要だったのは、ただ一度きり。
そう聞いて、微かに笑んだ。
─致死の針─
死ぬのかな。ぼんやりと思う。
目の前に転がる子供の身体。
もう動かない。死んでしまったから。
殺したから。
誰が?
俺が。
血腥さを纏いながら、ふらりと一歩、外へ踏み出す。
風が、柔い。目を細めた。
「……」
下草を踏む足音。
ゆるり、視線をそちらへ投げた。
にっこりと、笑ってみせる。
「終わったよ、儀式」
返事はない。頷きもしない。
別段、気にはならなかった。
「ね、俺しぬのかな」
ぽん、と吐き出した言葉。
驚いたように見開かれる蒼い両の目。
「……何を……」
掠れた音、案じるように伸ばされる腕。
避けることも払うこともせず、ただ受け入れた。
肩に、触れられる。
「だって、あの子は死んだよ?」
大きく、震える。
幼馴染みの手が、視線が、呼吸が。
それが可笑しくて、薄く笑った。
ねえ、どうしたの? と首を傾げて。
「しぬのかな、俺」
低い羽音が耳を掠める。
それを追うように顔を上げた。
くすんだ黄色と黒の縞模様。
小さくて、丸っこい姿。
冬籠もりの準備でもしているんだろう。
そこら中を忙しなく飛び回ってる。
「……おまえは、死なん。俺が、死なせん」
低く、搾り出すような声。
微かに掠れる耳に慣れた音。
ゆるり瞬き、目を細めた。
「ほんとに?」
「ああ」
「そっか」
気のない相槌、投げやりな声。
伸ばした腕の先、そっと、握る。
手の中で動く小さな塊。
このまま力を入れてしまえば、簡単に奪えるひとつの命。
命に重いも軽いもない。
けれど、この手の中にあるものも、いのち。
不意に走る、鋭い痛み。
途端、手の中が静まり返る。
熱さと痺れを伴う感覚に、息を詰めて眉を顰めた。
「っ、……」
「どうした?」
広げた手のひら、転がる羽虫。
もう動かない。
死んでいる。
とくとくと蠢く、その臓腑。
手のひらの柔い皮膚に食い込む、小さくも鋭い黒色の針。
己が命と引き換えに、ありったけの毒を注ぎ込む。
「刺されたのか、」
「……平気だよ」
針を、臓腑を抜き取って、小さな傷を口に含む。
舌が鈍く痺れるような、鉄錆臭い味がした。
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