へえ、意外とキレイじゃない。
そう囁いたら複雑そうに、金色の目をスイと細めた。
首を傾げ、翼を揺らし、そろそろ離してくれないか、と。










─黒翼─










日当たりのいい場所に陣取って、悠々と翼を広げる姿。
ぽかぽか陽気に眠気を誘われたのか、その目はうっとりと閉じられて。
ゆらりゆらりと舟漕いで、近付く気配に気付きもしない。

「うわぁ。見たまんまトリだねぇ」

思ったままの感想を、ぽん、と投げた。
びくっとトリの身体が跳ねて、金色の目がばっちり開く。
きょろきょろと辺りを忙しなく見回して、俺の姿をようやく捉えた。





「おはよう?」

にっこりと笑ってそう告げれば、居心地が悪そうに羽を閉じる。
表情らしい表情なんて、どこからどう見ても解らないけれど、
きっとバツの悪そうな苦い笑みを浮かべているんだろう。

「……気配を殺して近付くのはやめてくれないかね」

まったく心臓に悪いよ、君は。
言いながら、嘴で翼の付根を掻く。
羽を膨らませて身震いし、ウンと大きく伸びをして。





うん、トリだ。
仕草ひとつひとつが、トリだった。
誰が何と言おうとトリ以外の何者でもない。
嫌に人間臭いトリだけど。





「ねえ、黒鷹サン」
「なんだね?」
「触ってもいい?」
「……は?」

キョトンとその目を見開いて、呆けたように口を開けて。
正確には、嘴を、だ。
伸ばした腕から逃れるように、じりりじりりと後退り。

「いいじゃない、ちょっとくらい。減るもんじゃなし」
「君なら羽の一掴みでも毟っていきそうだ」
「ひっどいなァ。そんなことしないよ」

羽の端っこをちょいと摘んで、ね? と小首を傾げてみせる。
渋々といった様子で、諦めたように溜息吐いて。
ちゃんと丁重に扱いたまえよ、なんて、真面目腐った顔で言う。
トリの顔に、真面目も何もありはしないんだろうけど。





その場で翼を広げてもらって、付根から羽先までそっと撫ぜた。
触り心地は想像以上に滑らかで、さらさらしてる。
思っていたよりずっと大きく、強さとしなやかさを併せ持って。

「へえ、意外とキレイじゃない」

そう囁けば複雑そうに、金色の目をスイと細める。
ひょいと膝に抱き上げたら、居心地悪そうに身じろいだ。
鋭い爪が布地を掻いて、ちくりと僅かな痛みが走る。

「痛いよ」
「ああ、すまない。気を付けてはいるんだが」
「難しいんだ?」
「勝手が違うんでね」

こればっかりはどうにもならんさ。
苦笑混じりで呟くトリの、翼の付根が上下する。
肩を竦めでもしたんだろう。
器用だなぁ、と小さく笑った。





喉の辺りを掻いてあげると気持ちがいいのか目を細めて。
けれどすぐに首を振って、やめたまえよ、と困ったように。

「そろそろ離してくれないかい?」

言うが早いか腕から逃れて、あっと言う間に人型に転じる。
相手は膝に乗ったまま。だから恐ろしく距離が近い。
目と鼻の先、吐息を肌で感じる位置に、鋭く光る金色の眼。

「こちらの方が落ち着くね」
「……そうかな?」
「そうとも」

くすくすと肩を震わせて、指先でそっと髪を撫ぜる。
耳に触れ、顎を伝って、頬を包み込むように。





「こちらの私もキレイかい?」

真正面から見詰められて、知らず知らずに呼吸を止めた。
顔を背けてしまいたくても、頬に添えられた手が赦さない。

「……さあ?」

視線を逸らす代わりに笑みを。
こたえの代わりに、口接を。
噛み付くように交わし離れて、吐息ばかりの笑みを零した。










次いで訪れた深いそれに、その呼気すらも喰われたけれど。











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