過ぎ行く時間に重みなどない。
解り切ったことなのだけど、積み重なっては嵩を増す。
どれだけ抱えて行けるだろうか。
この両腕が、折れるまで。
─ひとときの─
膝まで埋まる雪道を、前だけを向いてあてもなく。
足を取られ、無様に転ぶ。
起き上がるのも億劫で、雪を頬に感じながら目を閉じた。
「おい、花白。大丈夫か?」
頭上から降る優しい声音。
うっすらと開けた目に映る、心なしか悲しげな君の顔。
だいじょうぶだよと笑ったつもりが、冷えた表情が強張るようで。
「すごいね。一面真っ白だ」
誤魔化すように紡いだ言葉。
両腕を突っ張って身を起こし、やっとのことで笑みを浮かべた。
ツンと痛む鼻の奥と、滲む視界は知らぬ振り。
「立てるか?」
「ん、」
差し出された手を掴もうとして、伸ばした腕が空振った。
あれ? と両目を見開いて、引き戻した手をまじまじ眺める。
握って、開いて、握って、開いて。
指をバラバラに曲げたりもして、ちゃんと動くことに安堵した。
「……花白……」
「あ。ごめん、大丈夫だから」
本人よりもずっと驚いた顔で、眸に不安を色濃く浮かべて。
有り得ないって解っているのに、今にも泣き出しそうに見えて。
そんな表情をさせたくなんてないのに。
「ほら、ね? 大丈夫でしょ?」
玄冬の手をきゅっと握って、立ち上がって、にっこり笑う。
吐き出した息が温度をなくして、白くならずに消えていく。
呼吸の度に気管が冷えて、肺が凍って軋むよう。
「本当に、大丈夫なのか……?」
くるりと背を向け歩き出した僕に、躊躇いがちな声がかかる。
ほんの少し、震えてる。
それは寒さのせいだけじゃなくて。
振り返って、少しだけ眉を吊り上げる。
頬をぷくりと膨らませ、怒ったように口調を強めた。
「大丈夫だって言ってるじゃない。心配性だなぁ、玄冬は」
言って、ふっと息を零す。
泣きそうだなって自覚しながら、大丈夫だからと笑みに変えて。
立ち尽くす玄冬の手を引いて、早く行こうと促して。
伸びてきた腕を避けられなくて、ぽす、と玄冬の胸に埋まった。
玄冬の顔が肩口にあって、その表情は窺えない。
どうしたの? なんて問いは、きっと投げてはいけないんだろう。
「……玄冬……?」
名前を呼んで、小刻みに震える背中を撫ぜる。
あたたかいはずなのに、どこか冷たくて。
もう君の体温すら感じられなくなったのかと思うと、酷く悲しかった。
あと少しだけと欲張って、抱えられるだけの思い出を連れて。
腕が折れても構わないんだ。だって幸せの重みだもの。
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