長い夢を視ていた気がする。
あたたかくて幸せな夢。ほんの少しだけ残酷な夢。
現を視る目をゆるり開けば、見慣れた顔が映り込む。
呆れたと言わんばかりの仏頂面に、にっこりと、笑みを投げてやった。
─帰蝶─
ウンと首を逸らすようにして仰いだ先には幼馴染。
腰を曲げて、やや前のめりに、じとりと半眼でこっちを見てる。
「起きたか」
「……う、ん……ねむいけど、おきた」
地を這うような声に対して、ふにゃりと締まりのない返答。
へらり浮かべた笑みすら軽く、相手の神経を逆撫でる。
どう作用したかは知らないけれど、眉間の皺が深くなった。
「……おい」
「なに?」
「何だ、この手は」
相手の頬に触れた両手。
バンザイをするみたいな姿勢で、伸ばした指先を押し当てて。
頬骨の辺りをなぞったり、その輪郭を辿ったり。
「ちょっと確認を、ね?」
そのまま、ぎゅっと頬を摘んだ。
軽く引っ張って横に伸ばしたり、逆に縮めたりと繰り返す。
引き結ばれた唇が、頬肉につられて僅かに歪んだ。
それが何だかおかしくて、うっかり加減を忘れそう。
「痛い?」
「……少しな」
「じゃあ夢じゃないんだ」
けらけらと笑う。目を細める。
相手は口をへの字に曲げて、頬に触れる俺の手を掴んだ。
べりっと音が聞こえるんじゃないかと思うくらいの勢いで引き剥がされる。
眉根の皺は更に増え、さんざん弄ばれた頬は仄かに紅く染まっていた。
「あはは、赤くなってるよ?」
「誰のせいだ、誰の」
振り払うように手を離される。
支えを失った両の手は、重力に従ってぱたりと落ちた。
「うん、ごめん。……ただいま」
幼馴染が目を瞠る。
困ったような顔をして、おはようだろう、と訂正した。
もっとも、とうに昼を回ってしまったがな。
窓の方へと視線を投げて、溜息混じりにそう零す。
笑みの形に目を細め、起こして、と両手を突き出した。
手首を掴む骨張った手が、背中とシーツとを引き剥がす。
あたたかな寝床に後ろ髪を引かれる思いがしたけど、
夜になるまで、少しだけ我慢だ。
「……オハヨ」
欠伸混じりに言葉を投げたら、
「ああ、おかえり」
思いもよらない形で打ち返された。
ぱち、と瞬く。欠伸が途切れて口は開いたまま。
動けずにいる俺の目の前、ずいと手のひらが差し出される。
早くしろ、という意味らしい。
その手を取って、に、と笑う。
弾みをつけて立ち上がり、裸足のままで二歩三歩。
「ただいま」
繰り返した言葉。
今度は小さな頷きひとつと微かな笑みとが返される。
これが現実。俺の居場所。
かけがえのない、大切な……。
ずっとみていた幸せな夢。ほんの少しだけ残酷な夢。
覚めるのが惜しくなるようだったけど、
ちゃんと帰れて良かったなって、今は思うよ。
たとえまた、夢魔に誘われるとしても。
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